しんちゃんの老いじたく日記

昭和30年生まれ。愛媛県伊予郡松前町出身の元地方公務員です。

東京に降る雪で思い出すこと

穏やかな天気だった土・日曜日から一転して、今日はとっても寒い一日となりました。


報道によると、気象庁は今日午後2時半ごろ、

東京23区や多摩地域、神奈川県や茨城県の一部に大雪警報を発令、

午後2時現在で、東京都心で1センチ、横浜市で3センチの積雪を確認、

午後7時現在では、16センチの積雪を観測したそうです。

この「東京に降る雪」をニュース画像で見て、東京での二つの出来事を思い出しました。


一つは、昭和50年2月、

慶応大学経済学部を受験した日に、雪が降っていた(積もっていた)記憶があります。

確か、この時には交通機関が乱れて、試験開始時間が若干遅れたような‥‥、違ったかな?

もう一つは、昭和55年3月、

私の大学卒業式に出席するため上京していた父が、西武池袋線大泉学園駅前で、

雪で凍結した路面に滑って、おしりから転倒したことです。幸い、父に怪我はなかったけれど‥‥。

大勢の人の前で転倒してちょっぴり恥ずかしい思いをしたこの時の光景は、

昨日の出来事のように覚えていて、父と私は、いまでもその時のことを

笑い話として懐かしく話すことがあります。


大学在学中に時々見た東京の雪景色は、

雪に慣れていない私には、とても美しくて魅力的に感じましたが、

一方では、交通機関の乱れや路面凍結による転倒など、

日常生活に大きな影響や被害をもたらすことも知りました。


そういえば、昨日の日経新聞一面コラム「春秋」には、次のような一節がありました。

『夜明け前がいちばん暗く、春の手前がいちばん寒い。

 人はどんな時代でも、そう信じてきたに違いない。俳句にも「春隣」という冬の季語があって、

 これは大寒を過ぎて立春を迎える直前のころを指すそうだ。

 まさにこれからの2週間くらいは寒さのピーク。

 しかし北風よ、春は隣まで忍び寄っているぞと言ってやろうか。』


「春隣」ですか‥‥、良い響きの言葉ですね。つくづく春が待ち遠しいです。

ふきのはなさく頃の雑感

昨日20日からは、二十四節気の「大寒」、七十二候の「款冬華(ふきのはなさく)」です。

ネットで「暮らしの歳時記」を読むと、次のような解説がありました。

まず、「大寒(だいかん)」は、

『冷え込みもはげしく、寒さが最も厳しい頃。

 二十四節気の最後の節気で、ここを乗り切れば春近しということです。』

次に、「款冬華(ふきのはなさく)」は、

『雪の下からふきのとうが顔をだす頃。香りが強くほろ苦いふきのとうは早春の味。』


この七十二候の「ふきのとう」で、フォークグループの「ふきのとう」を思い出しました。

「ふきのとう」には、秋から冬の季節にかけての、「白い冬」という名曲がありますが、

♬ 一人で暮らす 冬は早や涙 想い出せば 空しく消えた日々

  あなたを愛した 秋はもう去って 感じるものは 悲しい白い冬

私はどちらかというと、この曲の次に発売された「南風の頃」という曲が好きです。

♬ 南風吹いたら 流れ雲流れて 本棚の写真帳 色褪せたまま

  陽だまりのかげろうに あなたを想いつつ 縁側でひとりぼっち ひなたぼっこ

いずれも、大学受験の浪人時代から大学に入学して間もないころに流行った曲で、

今でも無性に聴きたくなる時があります。


話は変わりますが、今日21日の日経新聞をなにげなく眺めていると、

サントリーの全面広告の見出しに目が留まりました。

「60代の若者たちへ。」「この先をどう生きるか。しまっておいた夢を取り出してみないか。」

というもので、脚本家・倉本聡さんからのメッセージが掲載されていました。

全文をこの日記に書き残しておきたいのですが、長文なので最初と最後だけにします。


『人生の後半をどう生きるか。最近よく取り上げられるテーマですね。

 人それぞれの価値観もあり、一概には言えませんが、一人の人間が誕生して、成長し、

 やがて老いてフェードアウトしていく中で、大切なのは長く生きることより、

 どのように生きるかということではないでしょうか。

           ~ (中略 )~

 仕事を離れた後、残りの人生をどう生きるか、いろいろな選択肢があると思いますが、

 そのことによって喜びを見いだせるか見いだせないか、大切なのはそこでしょうね。

 それが“元気と活力”にあふれた、“楽しく明るい”日々の源になると思うんです。

 自分は何に喜びを感じるのか、それを識(し)ることこそが

 次の生き方につながっていくのではないでしょうか。』


はぃ、確かにそのとおりだと思います。

ただ、「どう生きるか」、「何に人生の喜びを見いだすか」、これはなかなか難しい‥‥です。

さて、天気予報によると、今週はシーズン最強クラスの寒気団がやってくるとか‥‥。

風邪をひかないように寒さをしのぎ、やわらかい春の訪れを楽しみに待ちたいと思います。

死の予習としての宗教

池上彰の宗教がかれば世界が見える』(池上彰著:文春新書)を読了しました。


まず池上さんは、この本の第1章で、

「宗教はよく死ぬための予習」だとして、次のように述べられていました。

『私は、宗教を考えることは、よく死ぬことだと思っています。

 宗教は「死のレッスン」と言った人もいます。つまり、どう死ぬかという予習なのです。

 よりよく死ぬとは、よりよく生きることでもあります。

 よく生きることができれば、従容として心穏やかに死を迎えられるのではないか、と思うのです。

 むろん何も思い残すことはないというのが理想です。しかし、たとえ思い残すことがあっても、

 自分は生きてきた中でそれなりのことはやったという思いがあれば、

 死ぬことを、しようがないことだとどこかで納得できるのではないか。

 死の予習をすることが、よりよく生きることにつながる。

 それが宗教を考える意味だと、私は思っています。』


続く第2章から第8章までは、宗教に関係する7人の専門家の方へのインタビューで構成されていて、

このなかでは、第5章の山形孝夫・宮城学院女子大学名誉教授による

キリスト教のお話が心に残りました。池上さんは、インタビューを終えて、次のように解説されていました。

キリスト教のメッセージは「愛」だと言われますが、山形さんは、イエスの言う愛とは、

 「悲しみを知ること」に限りなく近いのではと言います。

 これが、キリスト教が多くの人々の心を捉えた秘密かも知れません。

 それはまた、仏教でいう「慈悲」の「悲」に通じるのだそうです。

 「最後の審判」を待ち望む人々の背景には、現世が厳しければ厳しいほど、

 人々は最後の審判を待ち望み、「神の国」の到来を待ち続けます。

 そこには、現世の生、老、病、死の苦しみから抜け出したいと考える仏教徒の思いと

 重なる部分があります。これが宗教というものでしょう。』


ところで、私はどうかというと、

「あなたの宗教は何ですか?神・仏を信じますか?」と問われると、答えに窮してしまいます。

一応、自宅には神棚と仏壇があり、毎朝、それぞれを拝んでから出勤するのが日課になっています。

そして、うまく言えませんが、神様・仏様を信じるというよりも、

この世の真理を司り、自然界を支配する、人知を超えた「宇宙という存在」を畏れています。


こうなると、「私にとって宗教とは何か」という根源的な問いかけになって、

訳が分からなくなりそうですが、池上さんは本書の最後に、次のように述べられていました。

『宗教に救いを求め、人生の答えを求める。それにより、日本の宗教も変化する。

 宗教を知ることによって、世界も見えてくる。これが、宗教と私たちとの関係なのでしょう。』


「はぃ、分かりました‥‥。」と言いたいところですが、

結局、「自分とは何か」を含めて、この世の何ひとつ分からないままに、一生を終えてしまいそうです。

池上彰の宗教がわかれば世界が見える (文春新書)

池上彰の宗教がわかれば世界が見える (文春新書)

「ぬれ落ち葉」にならないために

ふぅ~‥‥(溜息)。今日は金曜日、長かった一週間がようやく終わりました。

スイスの思想家、カール・ヒルティの名言に、

『自分の仕事に我を忘れて、完全に没頭できる人が、もっとも幸福である。』がありますが、

未熟者の私は、いまだにこの境地まで達したことがありません‥‥。(トホホ)


さて、昨日18日の日経新聞「くらし」欄の「セカンドステージ」に、

『「定年即離婚」防ぐには』というタイトルの記事が掲載されていました。

私なんか、このタイトルを見ただけで、ドキッとします‥‥。


この記事には、次のような「50歳からの熟年離婚予防法五カ条」が書かれていました。

1 妻の日常に関心を持つ。今日は何をしたのか、楽しかったかことは何か夕食時などに聞く

2 言葉でうまく言えない時は交流サイト(SNS)を利用する。文章にすることで丁寧な表現になる

3 共通の趣味はご法度。けんかの元になる。一人で楽しむ趣味を見つける

4 昼食は自炊を。男の料理はアバウトでいい。

 冷蔵庫の余り物と市販のスープを土鍋に入れて火をかければOK

5 妻は料理に励む夫を子どもだと思うこと。おおらかにやさしく接し必ずほめる


このほかに記事では、次のようなことも書かれていました。

・定年後も家でゴロゴロし妻にまとわりつく夫は「ぬれ落ち葉」。

 対話を重ね、改めて妻を対等のパートナーと見ようとするのは、予防策といえる。

・夫婦関係を左右する要素の一つが食事だ。

 夫の昼食を作っていると自分は食事の世話係なのかと離婚が頭をよぎる妻は多い。


う~む、なるほど‥‥。

我が家の奥様も、「何もしない、何もできない」私と父に、

「私はあなた達の、家政婦さんの代わりとして嫁に来たのではない。」と、よくおっしゃられます。

私としては、父と自分の下着を洗濯をしたり、休日には料理を作ったり、

できるだけ妻に迷惑や負担をかけないように、それなりに努力しているつもりなのですが‥‥。


さらに記事では、熟年夫婦のカウンセリングを手がける医師の先生の、

次のような言葉も紹介されていました。

「夫の態度が変わらなかったら家を出ればいい。

2、3日ご飯を作らなくても50歳を過ぎた男性に対しては虐待にならない。」


そ、そんな~‥‥。それって、とっても酷なご発言だと思います。

男って、とっても弱い生き物なのですから‥‥。

偉大な経営者の意外な一面を知る

今日18日の日経新聞電子版「私のリーダー論」に、

柳井正ファーストリテイリング会長兼社長へのインタビュー記事が掲載されていました。

24歳で家業に入り、40年以上経営の第一線で走り続けた柳井さんに、

「モチベーションとは何か」などについてインタビューしたものでしたが、

そのなかでも特に印象に残ったQ&Aを、次のとおりこの日記に書き残しておこうと思います。


Q 柳井さんの持論は「失敗しても諦めずに挑戦する」です。

 心が折れそうになることはないですか。

A いつも折れそうだよ(笑)。僕は、もともと内向的で、経営者に向いてない性格だったしね。

 学生のときは、本ばかり読んでいた。

 商売人どころか仕事しないで一生暮らせる方法はないかな、と思ってた。

 でも、何度も経験するうちに免疫がついてくるんじゃないかな。


Q 失敗を繰り返しながらも、なぜ経営者の仕事ができるようになったのですか。

A 僕は本が好きだったから。特に、昔の実業家や経済人の伝記を読むのが好きなんです。

 松下幸之助本田宗一郎とかね。ケーススタディといえるかわからないけど、

 疑似体験をして、この人たちが経験したことに通じるな、と思うこともある。

 米国のコングロマリットと呼ばれたITT(当時)の社長兼最高経営責任者だった

 ハロルド・ジェニーンの『プロフェッショナルマネジャー』も何度も読みました。

 経営は、最終ページから本を読むのと同じです。

 つまり、結論が先というか、何をするのか決めて実行することなんです。

 非常に単純ですが、実際に自分がやっていなかったと気がついた。

 というのはね、日本人はほとんどそうだろうけど、毎日努力してたらある程度成功する、

 と思うでしょう。でもね、努力してても、努力の方向性が違ったらダメ。

 成功しないの(笑)。同じところを回っているだけ。

 結局、あなたは何がしたいのか、人生をかけて何がしたいのかが決まらない限り、

 ビジネスはうまくいかないと気付いた。それからです。ちょっと経営が分かってきたのは。


Q 柳井さんが考えるリーダーの条件は何ですか。

A 多くの人が勘違いしているけど、起業家で本当に成功している人は

 非常に注意深いんです。(米マイクロソフト創業者の)ビル・ゲイツ氏が、

 「You must worry(悩みなさい)」といっているんです。

 すごく注意しないと持続的な成功はできない。

 大胆な人はいない、フォーカス(焦点を絞る)しないといけないと。

 もう1つは、誇大妄想狂って僕はいっているんだけど(笑)、

 アントレプレナーシップを持っていること。

 うちのステートメントは「服を変え、常識を変え、世界を変えていく」。

 自分でもよくいうなって思うんだけど、そういうことが本当に必要なんだと思うんです。


Q では、柳井さんのモチベーションとは何ですか。

A 夢とか目標とか、高尚なものじゃない。

 服屋として、行けるところまで行ってみたいんです。登山家と一緒。

 加えて、仕事は、団体競技なんです。

 今、当社には世界で約11万人の従業員がいるんだけど、

 その人たちと一緒にチームプレーできる。僕に100メートルを9秒9で走れる能力がなくても、

 誰かがその能力もってたら走れるんです。それが楽しい。


へぇ~、そうだったんだ‥‥。

柳井さんが自分自身を、「内向的で、経営者に向いていない性格」と

自己評価されているのには驚きました。私からは、とてもそのようには見えません。

そして、「日本人はほとんどそうだろうけど、毎日努力してたらある程度成功する、

と思うでしょう。でもね、努力してても、努力の方向性が違ったらダメ。」というのも、

ごもっともなご指摘だと思います。


そして、ここには書き残しませんでしたが、柳井さんは朝型人間とのこと‥‥。

毎朝、5時から5時30分に起きて、朝食を食べて新聞を読み、

6時30分から45分にはオフィスに着いているそうです。

う~む、まいったな‥‥。

起床時間は私と変わらないけれど、トップがオフィスに6時30~45分には居るなんて。(絶句)

いくら3時か4時には帰ると言っても、これだと周りの社員はたまらないだろうなぁ~‥‥。

そして、記事全体を読んで感じたのは、柳井さんのように偉大な経営者がいる企業では、

後継人材がかえって育ちにくいということはないのでしょうか‥‥?

ごく平凡な人間が感じた、素朴な疑問です。