しんちゃんの老いじたく日記

昭和30年生まれ。愛媛県伊予郡松前町出身の元地方公務員です。

笑顔を忘れない大切さを学ぶ

今日21日の日経新聞「こころの健康学」を読んで、

インサイドアウト」と「アウトサイドイン」という専門用語があることを知りました。

このコラムの執筆者、認知行動療法研修開発センターの大野裕先生は、次のように述べられていました。


『厳しくつらそうな表情が続くと気持ちまで落ち込む。

 「笑う門には福来たる」という言葉があるが、これは科学的にも正しいとされる。

 笑顔になると心身が健康になる。

 こころの内面の動きと表情や姿勢など外見との関係については、

 専門的に「インサイドアウト」と「アウトサイドイン」といわれる関係がある。

 インサイドアウトというのは、こころの内面(インサイド)が外見(アウトサイド)に影響するという関係。

 楽しい気持ちになるから笑うし、悲しい気持ちになるから泣く。

 一方、アウトサイドインというのはその逆で、笑顔になれば楽しい気持ちになるし、

 背筋を伸ばしてしっかりした姿勢をとれば気持ちにも張りが出るという関係だ。』


う~む、なるほど‥‥。

私の周辺でも、いつも笑顔で穏やかな表情をされている方がいらっしゃいます。

きっと、日常生活ではつらいこともあると思うのですが、

それが顔に出ないのは「偉いなぁ~」と、いつも感心しています。

それにひきかえ私は、嫌なことがあると、すぐに顔に出てしまいます。

特に、定年退職後は、精神的な余裕を失ってしまって、不機嫌な顔をして仕事をしているように、

周りの人は私を見ているのではないかと思います。


でも、この差はいったいどこから生じるのでしょう‥?

所詮、「人間の出来」というか、「人としての器」の問題だと諦めていましたが、

「アウトサイドイン」が大切なことが、大野先生のコラムを読んでよく分かりました。

不器用で精神的に軟弱な私にはとても難しい気がしますが、気持ちをできるだけ前向きにして、

日常的な笑顔は無理にしても、せめて穏やかな表情を保つように努めたいと思います。

大寒の日の雑感

今日から二十四節気の「大寒」(1/20 ~ 2/3)、

七十二候では「蕗のとう花咲く」(1/20 ~1/24)が始まりました。

「一年で一番寒さの厳しい頃」 ですが、「雪の下からふきのとうが顔をだす頃」でもあります。


我が家のリビングでは、名も知らない観葉植物に、かわいい薄ピンクの花が咲いています。

また、庭ではいつの間にか、ヒマラヤユキノシタに、ピンクの花が遠慮がちに顔を覗かせています。

そして、ランにも花が咲きかけています。どうやら春は、もう目前に迫っているようです。

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ところで、七十二候の「ふきのとう」で、フォークデュオの「ふきのとう」のことを思い出しました。

ふきのとうには、「白い冬」や「やさしさとして想い出として」という名曲がありますが、

私は、東京で大学生活を始めた頃に聴いた、「南風の頃」という曲が大好きです。


♬ 南風吹いたら 流れ雲流れて 本棚の日記帳 色褪せたまま

  陽だまりのかげろうに あなたを想いつつ 縁側でひとりぼっち ひなたぼっこ

  この町に慣れようと 泣き笑いおぼえて 変わらぬくらしに 季節をみつけた

  僕の背中で想い出が ゆらゆら揺れてます 昨日の涙で面影も ゆらゆら揺れてます


ウィキペディアには、『ふきのとうの楽曲は、

記録よりも記憶に残るという意味のヒット曲が多いのが特徴である。』という解説がありました。

「記録よりも記憶」ですか‥‥。まさに、おっしゃるとおりだと思います。 

「どんど焼き」を孫娘と二人で体験する

今日は穏やかによく晴れて風もなく、まるで春を思わせるようなお天気でした。

そんな陽気のなか、孫娘と二人で、氏神さんの「どんど焼き」に行ってきました。

どんど焼き」をネットで調べると次のような解説がありましたので、引用させていただきます。


『「どんど焼き」とは小正月(こしょうがつ=1月15日)の行事で、

 正月の松飾り・注連縄(しめなわ)・書き初めなどを家々から持ち寄り、

 一箇所に積み上げて燃やすという、日本全国に伝わるお正月の火祭り行事です。

 神事から始まったのではありましょうが、現在では宗教的意味あいは少なくなっています。

 一般的には、田んぼや空き地に、長い竹(おんべ)や木、藁(わら)、茅(かや)、

 杉の葉などで作ったやぐらや小屋(どんどや)を組み、

 正月飾り、書き初めで飾り付けをしたのちそれを燃やし、

 残り火で、柳の木や細い竹にさした団子、あるいは餅を焼いて食べるという内容で

 1月15日前後に各地で行われます。

 どんど焼きの火にあたったり、焼いた団子を食べれば、

 その1年間健康でいられるなどの言い伝えもあり、

 無病息災・五穀豊穣(むびょうそくさい・ごこくほうじょう)を祈る民間伝承行事です。』


下の3枚の写真はその時の写真で、ほぼ上述の解説のような行事内容でした。

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孫娘と私は、「ぜんざい」と「竹に刺し火で燃いたお餅」を食べて、無病息災を祈った次第です。

孫娘には、できるだけこのような地域の伝統行事を体験させたいと思っています。

積み重ねて2500日

横綱稀勢の里の引退を受けて、昨日の愛媛新聞一面コラム「地軸」には次のようなことが書かれていました。


『最近では珍しい中卒たたき上げ。新十両と新入幕は史上2位の若さ。

 そうかと思えばここ一番のもろさが響き、初優勝は30歳6カ月まで待たねばならず、

 新入幕から横綱への昇進も最も遅かった。自らも認める「早熟で晩成」ぶり。

 順風満帆と波瀾(はらん)万丈が背中合わせの土俵に、それぞれの人生を重ねた人も多かったことだろう。

 会見では、一番誇れるのは「一生懸命相撲を取ってきたこと」とも語った。

 稀勢の里ほどの技量があれば、いなす取り口で白星を稼ぎ、

 もう少し長く現役を続けることもできたに違いない。

 それでも自身が理想とする相撲にのみ、一心に向き合い続けた。

 ファンが最後まで再起を願ったのは、ただ一人の日本人横綱だから、という理由ばかりでは決してない。』


大相撲の初場所が始まってから、仕事から帰宅後に父と交わす最初の会話は、

「今日の稀勢の里はどうだった?勝った?」でした。

ことほどさように、なぜかその一挙手一投足が気になる、不思議な魅力を持つ力士でした。

コラムが指摘するように、稀勢の里の土俵人生と、自分のサラリーマン人生とを重ね合わせて、

「なんとか頑張ってほしい。」と、自らにも言い聞かせるような、そんな思いが強かったのだと思います。


さて、この日記は、今日で書き始めてから2500日となりました。

何をやっても長続きしない私が、よくぞここまで‥‥、といった心境です。

人生における「日々の積み重ね」の大切さを、改めて実感している次第です。

次は3000日を目指して、気力と体力が続く限り、この日記を書き続けていきたいと思っています。

刺さる言葉

昨日16日の「NHKニュース おはよう日本」の「おはbiz」のコーナーで、

豊永キャスターが、ファーストリテイリングの柳井社長にインタビューされていました。

番組HPから、柳井社長の「刺さる言葉」を、次のとおり抜き出してみました。


・ヨーロッパとか米国とかの情報を整理して、世界中でスタンダードな服をつくろうと思っている。

 ライフウエアというコンセプトで商売をやっている。これは、これは究極のふだん着だ。

・(多くの企業は)口ではグローバル化と言っている。でも国内志向がすごく強い。

・今のままでいいか。今のままでいいことはない。安定は衰退の前兆だから。

・日本人の強み、日本企業の強みをそのまま海外に持っていって、

 周辺の国ともっと一緒に成長していくような考え方でないといけない。

・全世界で通年採用して、経営幹部候補をよりたくさん採って、

 その人たちに経営者教育をして一緒に世界に出ていきたい。

・経営はスポーツみたいなもの。経営者として経営しないかぎり上手になれない。

 チャレンジ精神がないと、上司の言うことばかり聞いて毎日同じオペレーションを回している人はだめ。

・いろんなことに興味がないといけない。商売するということは気づきの力がすごく大事。

・世の中がどんどん変わって、30年後こうなると誰も思っていない、そのぐらい変わる。

 世の中が変わると思ったら、自分が最初に変わって変化に合わせていくという態度がないといけない。

・自分で考えて自分でやる。

 そのためには、好奇心を持って、知識を吸収して、いろいろなことを体験しないとうまくいかない。


う~む、なるほど‥‥。

柳井社長のの言葉の中で、「安定は衰退の前兆」というのは、

富永キャスターのご指摘のとおり、確かに胸に突き刺さるものがありました。

「変わらずに生き残るためには、自ら変わらなければならない」ということなのですね‥‥。