しんちゃんの老いじたく日記

昭和30年生まれ。愛媛県伊予郡松前町出身の元地方公務員です。

取り急ぎ感想を

第22回俳句甲子園をテレビで観戦しました。私にとって、毎年の恒例行事になっています。

今年の団体優勝は青森県弘前高校で、

個人の最優秀賞は「中腰の世界に玉葱の匂う」(開成高校、重田渉さん)でした。


全体を通しての私のお気に入りは、

優秀賞の「母の新盆まんじゅうの餡こぼす」(岩手県立水沢高校、高橋明花さん)と

「亡き祖父の発泡酒あり冷蔵庫」(愛知県立豊橋西高校、柴田莉穂さん)の二句でした。


年を取ったせいか、このような句に親しみを覚えるようになりました。

特に、柴田さんの句は、祖父を慕う孫娘の気持ちをよく表現されていると思います。

きっと、おじいちゃんにとても可愛がられて育たれたのでしょうね‥‥。


取り急ぎ感想を書きました‥‥。

3週間ぶりの父の帰宅

昨日は、孫娘のお相手をするため、午後から徒歩で、まずは松前町立図書館へ行くことにしました。

本を読むことが大好きな孫娘は、図書館がもっとも居心地の良い場所の一つのようです。


でも、何時間も図書館に居続けることはできないので、孫娘を誘って、

次は、お隣に立地する「シネマサンシャイン・エミフル松前」へ‥‥。

迷った挙句、「ライオン・キング」を観ることにしたのですが、これが大正解でした。

シニアの私でも十分に楽しめる迫力満点の映画でした。孫娘も満足してくれたようです。


そして今日は、父の退院の日でした。

当初は検査入院とのことで、約1週間の予定でしたが、結局は約3週間、入院したことになります。

我が家に久しぶりに帰って父は大喜びでしたが、この3週間でまた一段と年老いたような気がします。

日々、確実に年老いていく父親を、この目で実感すること‥‥。

息子としては、とても辛いものがあります‥‥。


また明日からは、父と妻と私の、3人の生活が始まります。

何をするにしても不器用な私は、結局は、妻に父親の世話全般を頼ることになります。

情けない自分をなかなか変えることができない、情けない自分がいます‥‥。

台風一過の思想

大型の台風10号は愛媛県を直撃したのに、風雨ともそれほどでもなかったことを不思議に感じていましたが、

今日の愛媛新聞に掲載された次のような記事を読んで、ようやく納得した次第です。

『気象台によると、今回の台風は愛媛を直撃するコースだったが、

 中心付近の気圧が予想よりも発達しなかったといい「暴風域が台風の東側に広がっていたことで、

 風雨が弱まる中心付近が通過した愛媛では、通過時に比較的荒れなかった」とした。』


う~む、なるほど‥‥。長く生きていると、こんな不思議な現象に遭遇することがあるのですね‥。

ところで今日は、孫娘と二人で、久しぶりに松前町立図書館を訪れましたが、

そこで読んだ読売新聞一面コラム「編集手帳」に、次のようなことが書かれていました。


『お盆休みの西日本を台風10号が縦断した。

 新幹線をはじめ、数々の交通機関の運休で難渋したした方は多かろう。

 ただ、案内板を前に途方に暮れる、そんな風景は減っただろうか。 ~ (中略) ~

 昔、詩人の長田弘さんが語った台風一過の思想、という言葉を思い出す。

 たたかうのではなく、なんとかしのげば、後には必ず朝が来る。

 日本には風にしなう生き方、考え方が根強くあるのではないか‥‥。

 過ぎるほど備えを重ねじっとやり過ごす。個々人の心構えが無事な朝を連れてくる。』


幾多の自然災害に遭遇し、その都度、試練を乗り越えてきた先人には、

「なんとかしのぐ」という「台風一過の思想」というものがあったのですね‥‥。

「やり過ごす」ための「備え」の大切さを、いつも心に留めておく必要がありそうです。

台風通過後の雑感

昨夜、就寝する前には、大型の台風10号による、暴風雨の中の出勤を覚悟していました。

ところが、今朝目覚めてみると、雨は小降りで風もほとんどありません。

この状態は、台風10号が午後3時過ぎに、広島県呉市附近に上陸するまで続きました。

ほとんど愛媛県を直撃するように通過したのに、信じられないような穏やかさでした。


よく言われるように、標高1982m、西日本最高峰の石鎚山が「防護壁」になっているからかもしれません。

そんなことを思っていた矢先、台風通過後の吹き返しの風と雨が一段と強くなりました。

今、この時間も、窓の外からは不気味な風の音が聞こえてきます。


さて、明日は金曜日で仕事はお休みです。

一日をゆっくりと過ごしたいところですが、またもや仕事で多忙の妻と娘から、

孫娘のお相手を仰せつかりました。何をして一日を過ごすべきか、今から悩んでいます。

強さの原点を知る

お盆期間中の今日は、ご住職による先祖供養のご回行の日でした。

ご回行の日は14日と決まっていたものの、時間が未定のため、

私も妻も仕事をお休みして、ご住職の訪問を待つことになりました。


さて、『ラグビー・ロマン~岡仁詩とリベラル水脈』(後藤正治著:岩波新書)を読了しました。

本書は、選手として、監督として斬新な戦法をあみ出し、

同志社大学ラグビー界のトップに導き、多くの指導者を育てた、岡監督の足跡を描いたものです。

岡監督の人となりや指導法などについて、多くの印象に残る記述がありましたが、

そのなかのいくつかを、この日記に書き残しておこうと思います。


・ゆだねることに不安は感じなかった。人はしばしば間違いを犯すものである。

 犯したら改めればいい。それに、そもそも部は部員のものであって部長でも監督のものでもない。

 失敗を引き受けるのもまた部員たちなのだ。

 学生を信じるのかどうか、信じられなかったら指導者はやめないといけない‥‥岡は何度かそう口にした。

 〝岡イズム〟のエートスはこの言葉に集約されてあるように思えるのである。


・幕末期、長州藩士・吉田松陰は幽閉されてのち、松下村塾を開いた。

 この塾からキラ星のごとく逸材を輩出したことはよく知られている。

 後年、塾生たちの人物評を求められたさい、たとえ才恵まれぬ塾生であったとしても、

 あえて好ましき面を取り出して語ったという逸話である。

 松陰の本質が思想家であるとともにより教育者にあったことを物語っている。

 人の美質を見出すことをもって教育者の才とするなら、同質のものを岡に感じるのである。


・上級生・下級生の差別はなく、キャプテンを選挙で選び、試合のメンバー選出をキャプテンに任せ、

 ゲームの戦術選択も学生にゆだねる‥‥。

 こういう〈同志社方式〉について、「辛気臭いといえば辛気臭いやり方ですが」と漏らしたことがある。

 けれども、辛気臭いと思うことはあっても、苛立つことはない。

 それは、岡が辛抱強い性格をしているからではなく、人はだれも、頭を打ち、失敗を重ね、

 さまざまに体験を重ねるなかで変わり得ると思っているからである。

 〈学生〉とは学んで新たに生れいずるものと書く。

 そのことを本気で信じるものをロマンティストというなら岡はロマンティストである。


同志社大学ラグビー部といえば、大八木選手や平尾選手を擁して、

史上初の大学選手権3連覇を達成したことを、そしてその当時の圧倒的な強さを、今でもよく覚えています。

本書を読んで、その「強さの原点」を知ったような気がします。

そして、ラグビーという「走る格闘技」・「チームプレーと犠牲的精神」を体現するスポーツが、

ますます好きになりました。著者、後藤正治さんの格調高い文章も素晴らしかったです。

ラグビー・ロマン―岡仁詩とリベラル水脈 (岩波新書)

ラグビー・ロマン―岡仁詩とリベラル水脈 (岩波新書)