しんちゃんの老いじたく日記

昭和30年生まれ。愛媛県伊予郡松前町出身の元地方公務員です。

PRありがとうございます

いささか旧聞に属する話で恐縮ですが、

先月31日に開催された「愛媛県金融経済懇談会」において、

愛媛県出身で日本銀行政策委員会審議委員の政井貴子さんが、

挨拶の最後で次のようなことをおっしゃっていました。


『 ~(略)~ さらに、今年は国体(愛顔(えがお)つなぐえひめ国体)が64 年振りに、

 全国障害者スポーツ大会(愛顔(えがお)つなぐえひめ大会)が初めて愛媛県で開催される予定です。

 行政と民間が連携を深めながら、選手、コーチをはじめとする

 2万人を超える来県関係者への対応を進めておられるとお聞きしています。

 こうした中、全国的な知名度を誇り、近年は女性が一人旅に行きたい温泉地として

 1位にランキングされる「道後温泉」では、国体が前回開催された1953 年に、

 「道後温泉本館」に次ぐ第二の外湯として「道後温泉 椿の湯」が建設されました。

 そして、今年9月には、第三の外湯として飛鳥時代の建築様式を取り入れた湯屋

 「道後温泉別館 飛鳥乃湯泉」がオープンする予定です。

 愛媛県では、「えひめいやしの南予博2016」や「サイクリングしまなみ2016」など

 イベント開催を通じて地域の魅力をアピールしてきており、

 2016 年には県人口の10 倍弱に相当する1,150 万人の県外観光客が愛媛県を訪れました。

 大会が成功するとともに、国体関係者が愛媛県にまた来られるというかたちで、

 この先も、県外観光客がさらに増えることを期待しています。』


何が言いたかったかというと、

これほどまでにお見事な言葉で愛媛県のことをPRしていただき、

県民の一人として、感謝の気持ちでいっぱいなのです。


ところで、政井さんの挨拶でも触れられている

「えひめ国体」http://www.ehimekokutai2017.jp/は、

いよいよ今週土曜日の開会式からスタートします。

県内の主要な箇所には「のぼり」が立てられて、歓迎ムードが高まりつつあります。

そして、「道後温泉別館 飛鳥乃湯泉」https://dogo.jp/onsen/asukaは、

今日26日にオープンしました。


国体の開催や飛鳥之湯のオープンを契機に、

多くの方に愛媛県を訪れていただき、そして、愛媛県の魅力を知っていただきたいと思います。

ご来県を心よりお待ちしています‥‥。

ブルーマンデーとスローマンデー

土曜、日曜と十分休養したつもりだったけれど、

先週金曜日のバスの長旅の疲れが残っているせいか、今日は一日とてもしんどかったです。

おまけに、朝一番の職場の机上には、書類が山積みされていて、

それを見たとたんに、テンションが一気に下がってしまいました。

「やっぱりこの歳になっても、月曜日はおっくうで、苦手だなぁ~」と思っていたところ、

私の心を見透かしたように、

今日25日の朝日新聞天声人語」には、次のようなことが書かれていました。


『 ~(略)~ いくつになっても学校や勤めのある限り、月曜は気分が重い。ブルーマンデーである。

 医療の世界でも、月曜の午前に心筋梗塞(こうそく)など

 心疾患事故の多いことはかねて知られていた。

 原因を解明しようと、愛知県にある旭労災病院の木村玄次郎院長(69)の研究班は、

 月曜と金曜、休日に心臓にかかる負担を調べた。対象は平日に勤めを持つ207人。

 起床時、朝10時、夕方4時、入眠前に血圧計で測定してもらうと、

 血圧に心拍数をかけた数値が月曜の朝10時にきわだって高かった。

 「血圧と心拍数の積は心臓にかかる負荷を示します。土日にリラックスした心臓に、

 月曜午前は一気にストレスがかかるようです」と木村院長。

 週の初めは、仕事の段取りを決め、外せない会議や上司への報告も多い。

 急に仕事モードに入るのは心臓に悪いそうだ。

 木村院長らが提唱するのは「スローマンデー」である。

 月曜の朝、職場に着いてもいきなりギアを高速に入れないよう勧める。

 なるほど「哀愁」だの「ブルー」だのと嘆くより、

 月曜は特別に心臓をいたわってあげる日にしたい。

 政府が旗を振ってもさっぱり広まらない

 月末金曜の仕事早じまい運動「プレミアムフライデー」より、よほど心身にやさしい。』


う~む、なるほど‥‥。納得しました。

月曜日に心臓に負荷がかかっていることは、医学的にも証明されているのですね‥。

私もこれからは、月曜日にはゆっくりと仕事をスタートするように心がけたいと思います。

(いや、私の場合、仕事はいつもスロースタートでした‥‥(苦笑))

また、政府が提唱する「働き方改革」の一環として、

月曜日を官民そろって「ノー会議デー」に設定するのも、妙案かもしれません。

絶望から力を得る

『絶望名人カフカの人生論』(カフカ頭木弘樹編訳:新潮文庫)を読了しました。


まず、編訳者である頭木さんは、「はじめに」で次のように述べられていました。

カフカほど絶望できる人は、まずいないのではないかと思います。カフカは絶望の名人なのです。

 誰よりも落ち込み、誰よりも弱音をはき、誰よりも前に進もうとしません。

 しかし、だからこそ、私たちは彼の言葉に素直に耳を傾けることができます。

 成功者が上からものを言っているのではないのです。』


そのカフカの言葉のなかでも、私が特に共感、感銘したのは、例えば次のような言葉でした。

 ・将来にむかって歩くことは、ぼくにはできません。

  将来にむかってつまずくこと、これはできます。

  いちばんうまくできるのは、倒れたままでいることです。

 ・人間の根本的な弱さは、勝利を手にできないことではなく、

  せっかく手にした勝利を、活用しきれないことである。

 ・誰でも、ありのままの相手を愛することはできる。

  しかし、ありのままの相手といっしょに生活することはできない。

 ・今日はひどい不眠の夜でした。何度も寝返りを打ちながら、やっと最後の二時間になって、

  無理失理に眠りに入りましたが、夢はとても夢とは言えず、

  眠りはなおさら眠りとは言えないありさまでした。

 ・ベットでじっと横になっていると、不安がこみあげてきて、とても寝ていられなくなる。

  良心、果てしなく打ち続ける心臓、

  死への恐怖、死に打ち勝ちたいという願いなどが、眠りを妨げる。

  仕方なく、また起き上がる。こんなふうに寝たり起きたりをくり返し、

  その間にとりとめのないことを考えるのだけが、ぼくの人生なのだ。

 ・生きることは、たえずわき道にそれていくことだ。

  本当はどこに向かうはずだったのか、振り返ってみることさえ許されない。

 ・ぼくは人生に必要な能力を、なにひとつ備えておらず、

  ただ人間的な弱みしか持っていない。


なぜ、このようなカフカの言葉と頭木さんの編訳に、共感、感銘するのか?

脚本家で小説家の山田太一さんが、

本書の「解説」のなかで次のように述べられているのを読んで、大いに納得した次第です。

『この世の成功者が語るポジティブな幸福論など、

 大半は底の浅い自惚れか、単なる嘘か錯覚だったりすることが多く、

 それに比べて不幸の世界の、なんと残酷で広大で奥深く切なくて

 悲しくて美しくて味わい深いことだろうという感受性には共感してしまいます。』


また、頭木さんは、「人は絶望からも力を得ることができるし、

絶望によって何かを生み出すこともできる」、

「人を前に進めるのは、ポジテイブな力だけとは限りません。

ネガティブさからもまた力を引き出せることを、カフカは教えてくれます」

とおっしゃっていました。


生きるのが下手な私にとって、座右の書になりそうな一冊です。

絶望名人カフカの人生論 (新潮文庫)

絶望名人カフカの人生論 (新潮文庫)

生き続ける面影

今日は第四土曜日。岡山出張の疲れを癒す意味も兼ねて、

定例の漢方薬草湯「元気人村」https://www.iyokannet.jp/spot/456に行ってきました。

ただ、今日はあいにくの曇り空だったため、西の海岸に沈む夕日は撮れませんでした。

また、その西の海岸には、台風18号の影響かどうか分かりませんが、

大量の流木とプラスチックが砂浜に漂着していて、普段の美しい景観が損なわれていました。


さて、話は変わりますが、

今日の朝日新聞一面コラム「折々のことば」は、臨床心理学者・霜山徳爾さんの

『死者のすごしてきた人生のキャンバスの上に残る、描かれざる余白を、

 われわれは恣意(しい)的にぬりつぶすわけにはいかない。』という言葉で、

いつものように、鷲田清一さんの次のような解説がありました。


『死の翳(かげ)は生と対立するものではない。

もし人が死ねないとしたら人生はなんと疎ましいものになるかと、臨床心理学者は言う。

たしかに人の死とともに亡骸(なきがら)は腐りゆく。

が、亡き人の「面影」は人びとの中で生き続ける。

消え去ったものとしてではなく、残された者に、折にふれて生の意味を問いかけるものとして。

「人間の限界」から。』


大阪の叔父が亡くなってから早や四十九日。

満中陰を迎えた旨の挨拶状が我が家に届きました。

叔父も無事、あの世に辿り着いたことでしょう‥‥。

私の亡き母と叔父と、姉弟で仲良く楽しそうに会話している姿が目に浮かんできます‥‥。

鷲田さんが解説されているように、亡き二人の「面影」は私の心の中で生き続けます。

バスに揺られて6時間

今日は岡山に出張でした。

午後9時30分前に帰宅し、先ほど遅い夕食を終えたところです。


今回の出張は、JRではなくて高速バスにしました。

高速バスで松山・岡山間を往復したのは初めての体験でしたが、

JRよりは揺れが少なかったものの、

往復で6時間超も同じ姿勢で座っているのは老体には堪えます。


そして、今回、認識を新たにしたのは、

私が乗った高速バス(9:20松山市駅発、17:20岡山駅西口発)には、

往復ともビジネスマンが少なく、とりわけ復路の岡山→松山は、

若い女性の利用が多かったという事実でした。


う~む‥‥。なぜ? どうして? ただの偶然?

まぁ、こういう事実を発見すると、私は次回からは、

必ず高速バスを利用しようとするインセンティブ(下心?)が働きます。


ただ、やっぱり6時間超の長旅はしんどいです。

明日は土曜日‥‥。仕事がお休みで、正直、よかったです。

不眠に悩む私も、今日はぐっすり眠れそうな予感がします。