しんちゃんの老いじたく日記

昭和30年生まれ。愛媛県伊予郡松前町出身の元地方公務員です。

「信頼」という二文字

日経新聞で連載が続いていた大坪清・レンゴー会長兼社長の「私の履歴書」は、

一昨日の3月31日がその最終回で、

「人との縁~ 信頼に応える心 貫いて 情のない経営は評価に値せず」というタイトルでした。


具体的には、大坪会長兼社長は、次のようなことを述べられていました。

『‥‥こんなふうに私が関わった案件は次々に話が繋がっていく。

 これを偶然と考える人もいるだろう。だが、人生の流れを変えた出来事を振り返ると、

 その背景には、必ずといっていいほど過去に私と縁のあった人々の存在がある。』


『リーダーに必要な要素は5つ。

 モラル(道徳)、エシックス(倫理)、フィロソフィー(哲学)、センチメント(感情)、

 シンパシー(惻隠(そくいん)の情)である。

 人は信頼されたらそれに応えようという気持ちが働く。情のない経営は評価に値しない。』


う~む、なるほど‥‥。「人は信頼されたらそれに応えようという気持ちが働く」ですか‥‥。

官公庁であれ民間企業であれ、「組織」と「人」を、最後の最後に動かすことができるのは、

「信頼」という二文字なのかもしれません‥‥。

偶然は神の采配

毎年、4月1日に日経新聞に掲載される広告も、今年は無理かもしれないと思っていたところ、

今日もその広告は、しっかりと日経新聞に掲載されていて、ホッとした気持ちになりました。


その広告に掲載されているのは、サントリースピリッツ株式会社がスポンサーの、

病気療養中の伊集院静さん執筆による、新社会人となった若者へのメッセージです。

今年は「ようこそ、令和の新社会人」というタイトルで、

「この国があり続け、私たちが生きてこられたこと」などを〝偶然は神の采配〟だとして、

次のようなことが書かれていました。


『‥‥たしかに素晴らしい国と、人々が今日まで歩んできた。この脈々たる流れも偶然か?

 いや、私はそう思わない。それぞれの時代に皆懸命に生きてくれたに違いない。

 アジアの片隅の、この国で人々は少しでも前へとゆたかにと汗を流し、向かい風に立ってきた。

 そして何より、いつも新しい人が、新しい力を与えてくれた。

 昨日までとは違う日本を、国を、職場を作ろうとしたことだ。‥‥』


令和最初の社会人の皆さんにとっては、

向かい風というか、重苦しい社会情勢のなかでの第一歩となりましたが、

健康にはくれぐれも留意されて、それぞれの立場でご活躍されることを、心からお祈りしています。

あと一年です‥‥

今日で平成元年度も終わりです‥‥。

年度末ということで、この日記を書くゆとりがなくなるほど、昨日今日と、多忙な時間を過ごしました。

来年の今日という日には、無事にハッピーリタイアができるよう、

健康に留意しつつ、親の介護とも両立しながら、なんとか踏ん張って仕事に取り組みたいと思っています。

再就職先の雇用期間も、ようやくあと一年となりましたから‥‥。

「意志の強靭さ」を学ぶ

今日は吹く風が冷たく、3月としては寒い一日となりました。東京では雪が降ったそうです。


さて、『西田幾多郎の思想』(小坂国継著:講談社学術文庫)を読了しました。

『聖の青春』(角川文庫)と同様、娘が我が家に残していったもので、

おそらく大学生時代に購入したものと思われます。

最初の数ページだけアンダーラインが引いてありましたが、その後は読んだ形跡がありませんでした。(苦笑)

ただ、内容が高度で難しく、娘が途中で断念したのもよく分かります。


以下、本書で特に印象に残った箇所を、いくつか書き残しておきます。

・西田は、ある著作のなかで、「古来、哲学と称せられるものは、

 何等かの意味において深い生命の要求に基づかざるものはない。

 人生問題というものなくして何処に哲学というべきものがあるであろう」(「生の哲学について」)

 と書いているが、それは彼の深い体験からほとばしり出た真実の言葉のように思われる。


・とかく、われわれは目にみえるものを実在と考えがちであるが、

 西田はむしろ目に見えるものの奥底にある目に見えないものを根本的な実在と考えている。


・‥こうして「善の研究」においては、実在と真理と善と美の一致が説かれる。

 竹は竹、松は松と各自その本性を発揮した時、美であるように、人間も各自がその天分を発揮した時、

 美である。また同時に、それは善であり、真でもある。


・人は死んだ者はいかにいっても還らぬから、諦めよ、忘れよという。

 しかしこれが親にとっては堪えがたき苦痛である。

 時はすべての傷を癒すというのは自然の恵みであって、一方より見れば大切なことかも知らぬが、

 一方より見れば人間の不人情である。

 何とかして忘れたくない、何か記念を残してやりたい、せめて我一生だけは思い出してやりたいというのが

 親の誠である。(「国文学史講話」の序」)


西田幾多郎という人物の経歴を辿ってみて、われわれがもっとも強い印象をうけるのは、

 おそらくその意志の強靭さだろうと思われる。

 この意志の強さは同時に熱烈な求道心と結びついている。

 それは現代人がとっくに失ってしまったものであった。


本との出合いは、人間の出会いと同じく運命的な側面があり、

もし娘が、この本を我が家に残していなければ、私はこの良書と出合うことはなかったのかもしれません。

そういう意味では、娘に感謝したいと思います。

ただ、娘には、この本を最後まで読み通す「意志の強靭さ」がなかったことが、残念でなりません‥‥。

ひっとしたら、本好きな孫娘が将来、この本に興味を示すかもしれないので、大切に保存しておきます。

西田幾多郎の思想 (講談社学術文庫)

西田幾多郎の思想 (講談社学術文庫)

英知を結集する

土居丈朗・慶大教授の執筆による、日経新聞「経済論壇から」は、

今日は「コロナ危機への対応 提言」というタイトルの記事でした。


新型コロナウイルスには、「感染拡大防止が最も効果的な経済対策ではあるが、

経済政策面では、財政金融政策をどう用いるかが焦点となっている」とのことで、

土居教授は、次のような識者の論評を紹介されていました。


『米エール大学名誉教授の浜田宏一氏(週刊ダイヤモンド3月28日号)は、

 感染拡大の影響は景気循環とは別問題なので、マクロ政策ですぐに全部、回復させるのは難しいから、

 まずは不安心理や不透明感からくる無用な混乱などの拡大を防ぐのが重要と説く。

 金融政策で、間接的ではあれ、市場の不安心理を抑えることはできる。

 ただ、どの国も金利を下げたり、量的緩和を進めたりするので、

 為替切り下げ競争のようになるとみる。

 浜田氏は、変動相場制の下ではそれはやむを得ず、

 各国が自国にとって最適な金融政策を採用する形で自由放任主義的にするのが

 世界経済にとって最も望ましいとの結論を導く。

 緊急事態に財政赤字が心配だとか、将来世代の負担が増えるといった議論は意味がないと断じる。


 東京大学特任教授の河合正弘氏(日経ヴェリタス3月22日号)は、

 新興国のコロナ対策や金融危機防止のためにも、国際政策協調が不可欠と主張する。

 ただ、感染が拡大している現状では、

 財政金融政策は、感染への不安から人の移動や外出が制約されて、消費や投資の活性化につながらず、

 有効需要を刺激する効果は限られると読む。

 財政金融政策は、他方で、感染終息後の経済回復を促す上で決定的に重要とみる。

 休業補償や所得補償、本来健全な企業が経営破綻しないような資金繰り支援などで、

 感染終息後の早期の経済回復が期待できる。一時的な消費税率の引き下げは避けるべきだと主張する。

 いったん引き下げると、再度の引き上げは政治的に極めて難しくなり、

 社会保障財源が細ると懸念を示す。』


う~む、なるほど‥‥。勉強になります。

休業補償や所得補償、企業への資金繰り支援などの財政金融政策は、

感染終息後の早期の経済回復のために重要な役割を果たすのですね‥‥。

また、今回のような有事において、「財政赤字が心配だとか、

将来世代の負担が増えるといった議論は意味がない」という論旨は、よく理解できるし、

一方で、「一時的な消費税率の引き下げは避けるべきだ」との主張も、おっしゃるとおりだと思います。


読んでいて思ったのは、とにかく世界中の英知を結集することの大切さです。

そうすれば、私たち人類は「見えない恐怖」に打ち勝つことができる‥‥、そう信じたいと思います。