しんちゃんの老いじたく日記

昭和30年生まれ。愛媛県伊予郡松前町出身の元地方公務員です。

心配性と悩み性

昨日は「悲しみ」と「哀しみ」について書きました。

今日は「心配性」と「悩み性」について書くことにします。

 

一昨日11日の日経新聞電子版「週末スキルアップ塾」で、

世界で最も権威のあるフランスのチョコレート品評会「C.C.C.コンクール」で

6年連続の最高位を獲得したショコラティエ(チョコレート職人)の

小山進・パティシエ エス コヤマ社長は、

「世界最高水準」の成果を出し続けられる理由を、

「心配性」だからと話されていました。

 

小山社長によると、「心配性」は実はとてもポジテイブな状態とのことで、

記事では、ポジティブな「心配性」とネガティブな「悩み性」の違いが、

「姿勢」「思考」「行動」に分けて、次のように整理されていました。

 

まず、「心配性」は、 

 ・姿勢 ⇒ 実現したい自主的な目標を持っている 

 ・思考 ⇒ 目標を達成するための具体的な課題をいつも考えている 

 ・行動 ⇒ 課題をクリアするために早め早めに行動する

次に、「悩み性」は、 

 ・姿勢 ⇒ 仕事に対して受け身で指示を待っている 

 ・思考 ⇒ 仕事がうまくできるか漠然とした不安を抱えている

 ・行動 ⇒ 「できない理由」がよぎり、なかなか行動できない

 

具体的には、小山社長は次のように述べられていました。

『「心配性」と「悩み性」を混同していませんか。

 心配とは「心を配る」ということです。起こるべきことを予測し、

 自分にはまだ足りないことがあるので はないかと考えて、

 それを補えるよう準備することです。

 「やりたい!」という情熱や目標があって、それを実現するために、

 あれこれ気を回して、早め早めに 行動する。

 実はとてもポジティブな状態なんです。

 それに対して悩み性の人は、「もし失敗したらどうしよう」と

 最悪のイメージばかり頭に浮かべて、縮こまっているだけです。』

 

はぃ、これでよく分かりました。

私は、これまで自分のことを「心配性」だと思っていました。

実はそうではなく、典型的な「悩み性」だったのですね……(反省)

 

最後に、小山社長の箴言です。

『コツコツと目の前の「小さな目標」をクリアしていくことでしか、

 大きな目標、つまり「夢」をかなえることなんてできないんです。』

 

これからは、私も大いにポジティブな「心配をする」ことにしたいです…。

悲しみと哀しみ

NHKテレビ『100分de名著』の指南役としてお馴染みの

批評家・若松英輔さんが、昨日12日の日経新聞「文化」欄に、

東日本大震災から6年が経過したことに関連して、

『それぞれのかなしみ』というタイトルのエッセイを寄稿されていました。

 

若松さんらしい、次のような心のこもった言葉がありましたので、

この日記をメモ代わりにして書き残しておこうと思います。

 

・日ごろはあまり意識しないが、人はつねに二つの時空を生きている。

・人生の試練に遭遇するとき、

 世が「時間」と呼ぶものとはまったく姿を異にする「時」という世界があることを、

 ある痛みとともに知るのである。

・時間的な記憶は、さまざまな要因で薄れることがあるかもしれない。

 だが、「時」の記憶はけっして消えることがない。

 誤解を恐れずに言えば、私たちの意識がそれを忘れても、魂はそれを忘れない。 

・時間がたてば悲しみは癒えるのではないかと人はいう。

 それは表向きの現象に過ぎない。悲しみは癒えるのではなく、深まるのである。

・悲しみは、私たちの心のなかで、いつしか一つの種となり、

 それが静かに花開いたとき、他者の悲しみを感じ得る哀しみになる。

・他者の悲しみを感じ取るのは、悲しみを生き、

 哀しみの花を内に秘めている人だろう。

・人は何かをうしなうまで、

 自分が相手を愛しいと感じているのを 自覚できないことがある。

 別な言い方をすれば、人は、何かとの別れを経験することによって

 自分がその失なわれたものを愛していたことを知る。

・人はしばしば、別れなき生活を望む。

 しかしそこにあるのは、真の出会いなき人生かもしれない。

 出会いが、確実にもたらすのは別れである。

 むしろ、出会いだけが、別れをもたらし得る。

・離別という悲痛の経験は、誰かと出会うことがなければ生まれない。

 誰かを愛することがなければ、別れと呼ぶべき出来事は、起こらない。

 別れとはけっして消えることのない

 新しき邂逅(かいこう)の合図なのではないだろうか。

 

「時」に二つの意味があることについては、

「クロノス」(分・秒といった客観的・物理的・量的な時間)と

カイロス」(生涯に一度訪れて二度とはめぐってこない唯一無二の時間)を

思い出しましたが、若松さんが言われる「時間」と「時」は、

またそれとは違った意味があるような気がしています。

 

ところで私は、よく妻や娘から、口先だけの「偽善者」だと非難されます。

若松さんのお言葉をお借りするならば、

私は「他者の悲しみを感じ得る哀しみ」を持っていない人間なのかもしれません。

(本人としては、「偽善者」という言葉に深く傷ついているのですが……) 

 

 

夕日と海に手を合わす

昨日、今日と、よく晴れて暖かく、穏やかな天気が続きました。

 

今日の午後4時過ぎになって、ふと夕日と海が見たくなり、

久し振りに、いつものコースで、西の海岸まで散歩に出かけることにしました。

散歩に出かけるのは、昨年の11月以来で、約5か月ぶりとなります。

以下に貼り付けた写真は、散歩の途中で撮影したものです。

 

まず1枚目は、田圃に咲いていたレンゲソウです。

ところで、レンゲソウって、いつ頃咲くのでしたっけ?

 

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2枚目は、伊予市・大谷川の河口で泳いでいたカモの群れです。

これはカモで間違いないですよね?

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3枚めと4枚目は、西の海岸に沈む夕日です。

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東日本大震災から昨日で丸6年となりました。

復興庁によると、避難されている方は前年よりも約5万1千人減ったものの、

約12万3千人に上り、福島県では原発事故のため、

なお、約4万人が県外での避難生活を余儀なくされているとか……。

こんな私にも、辛く、心が折れそうな日があるけれども、

それでも思い立ったら、すぐに慣れ親しんだ夕日と海を見に行ける幸せに感謝し、

その穏やかで優しい夕日と海に向かって、今日は手を合わせた次第です。

 

 

思った通りの人生

関西在住の高校時代の友達が、一年ぶりに帰郷するのに合わせ、

今日は、私を含めた地元在住の3人と、

午後4時に松山市中心部で待合せをしました。

4人でお互いの近況報告や昔話をしていると、

あっという間に時間が経過していて、解散したのは午後7時でした。

お互いに歳はとっても、「心の様相」は青年のままのようです。

 

ところで、待ち合わせの時間まで少し時間があったので、

久し振りに大型書店に立ち寄って、ぶらぶらと本を眺めていると、

哲学者で文筆家の池田晶子さんのコーナーが特設されていました。

どうやら今年は、池田さんの没後10年に当たるようです。

 

そして、平積みされた本の中に、

『幸福に死ぬための哲学~池田晶子の言葉』(講談社)というタイトルの本を見つけ、

ほとんど迷うことなく手に取りました。

結局、今日この書店で買ったのは、池田さんの本と、

『1984年』(ジョージ・オーウェル著:ハヤカワepi文庫)と

『詩のこころを読む』(茨木のり子:岩波ジュニア文庫)の3冊となりました。

 

帰宅後、さっそく池田さんの本をめくってみると、

『思った通りの人生』というタイトルの、次のような言葉がありました。

『人は、何でも、「思う」ことができる。これは本当に不思議なことだ。

 これが自由の原点だ。

 人生はつまらないものだと思えばつまらないものになり、

 人生は素晴らしいものだと思えば、人生は素晴らしいものになる。

 何もかも、思った通りになる。

 人生は、自分が思った通りの人生になっている。

 人は、思うことで、自分の運命を自由に創造することができるんだ。

 これは、なんて素晴らしく、かつ、なんて厳しいことだろう。(14歳からの哲学)』

 

う~む、なるほど……。

いきなり素晴らしい言葉と出合うことができました。

今日会った、私の高校時代の友達3人は、

思い通りの人生を歩むことはできたのでしょうか?

この本を先に読んでいれば、ぜひ聞いてみたかったです。

私はといえば、これまでの道のりに厳しさはあったけれども、

少なくとも、良き友達に巡り合えたことは、

思い通りの素晴らしい人生であったと思っています。

 

幸福に死ぬための哲学――池田晶子の言葉

幸福に死ぬための哲学――池田晶子の言葉

 

 

 

信じる者は救われる

先日の「とある日」、娘と会話していると、年金の話になりました。

 

日本の公的年金は、「積立方式」ではなく「賦課方式」で、

働く現役世代が引退後の高齢者を支える仕組みであることは、

二人とも理解しているつもりだったのですが、

娘は、「自分が高齢者になった頃には、

現役世代は今よりずっと人口が少なくなっているので、

今、私が懸命に保険料を支払っても、年金はもらえないのではないか。」

というような心配をしていました。

 

この娘のもっともな懸念に対し、私はまともに答えることができず、

歯がゆい思いをしていましたが、

今月2日の日経新聞「やさしい経済学」の

公的年金の保険原理を考える(5)~生産性向上と経済拡大が重要』に、

その答となるような記述が、次のように書かれていました。

 

『日本国民の年齢構成は多くの若者が少ない高齢者を支える「騎馬戦型」から、

 少ない若者が支える「肩車型」に変わるから、

 年金を将来もらえるはずがないという懸念を聞くことがあります。

 こうした懸念には暗黙の前提があります。

 それは、経済の大きさや国の豊かさは働き手の数で決まるというものです。

 しかし、この前提は妥当でしょうか。

 

 稲作で成り立つ経済を考えてみましょう。

 今まで100ヘクタールの水田を100人が鍬(くわ)で耕し、

 手で田植えをし、鎌で刈り取ってきたとします。

 そこで働き手が10人に減れば、コメの生産は減り、

 人々は貧しくなって、高齢者扶養は困難になるでしょう。

 しかし、トラクターや田植え機、コンバインが導入され、

 これらの農業機械が力を発揮できる圃場整備が進んだらどうでしょうか。

 5人で100ヘクタールの水 田耕作が可能になり、

 すなわち労働生産性が大きく上昇し、人々は以前より豊かになるでしょう。

 つまり、働き手が減る以上に労働生産性が上がれば、

 高齢者扶養には何の問題もないのです。

 

 経済には「足りないものはなるべく有効に使うよう誰もが工夫する」

 というメカニズムが備わっています。

 今後、若者は減っても、あらゆるモノがネットにつながるIoTや

 人工知能(AI)など、技術革新と労働生産性向上の扉はいくつもあります。

 まだ見えていないが5年後には見えてくる扉もあるでしょう。

 

 肩車型社会での高齢者扶養が克服すべき課題であることは事実です。

 その解決策は、労働生産性の向上と経済の拡大にこそ求めるべきです。

 科学技術の発展を促し、その成果を次々に実地に応用していく

 前向きな風を吹かせること、これが解決策につながるのです。』

 

う~む、なるほど……。とても分かりやすい説明です。

でも、今の日本に、本当に「前向きな風」は吹くのでしょうか…?

年金は「信じる者は救われる」ということでいいのでしょうか…?

先ほどの例え話にある「圃場整備」についても、

日本には急傾斜地や中山間地など条件不利な土地が多いことだし……。

「経済の大きさや国の豊かさは働き手の数で決まる」という前提は、

ある程度、当たっているような気がするのですが…、違うのかな?

 

娘ともう一度、話し合ってみることにします。