しんちゃんの老いじたく日記

昭和30年生まれ。愛媛県伊予郡松前町出身の元地方公務員です。

ニヒリズムと破壊願望

JMM(ジャパン・メール・メディア)村上龍編集長の
次の質問に対する有識者の回答が、今月14日に配信されています。
ヒューマニズムの問題とは別に、貧困層の存在は、
 日本社会、経済にどのようなリスクをもたらすのでしょうか。』

今回の有識者の回答の中で、私が注目したのは、
経済評論家 水牛健太郎先生の回答の中の次の記述です。

貧困層の存在の社会に対するリスクを一言で言えば、信頼の喪失だと思います。
 「まじめに働けば豊かになれる」「努力が報われる」という
 素朴な考えが疑われる社会は不幸な社会です。
 今の日本は、同じような能力の持ち主でも、
 学校を卒業した年の景気によって生涯賃金が大きく違う可能性がありますし、
 同じ職場で同じ仕事をしているのに、
 いわゆる「正社員」と非正規労働者で待遇が二倍以上も違うことがあります。
 非正規労働者はいくらまじめに働いても豊かにはなれません。出世もしません。
 このような状況で、「努力が報われる」と素朴に信じることは難しくなっています。
 「いくら努力しても報われない」という認識が一般的になると、
 人々の心の中にはニヒリズム虚無主義)が育っていきます。
 無力感にさいなまれ、前向きな考えや常識をせせら笑い、
 「隠された裏」があるという陰謀論を信じ、デマに動かされやすくなり、
 暗い破壊願望にとりつかれ、現状を打ち破る「救世主」の出現を待望するようになります。』

「信頼の喪失」は、正鵠を射た表現だと思います。
私は、両親や学校の先生から、
「まじめに働けば豊かになる」、「努力は報われる」と教えられて生きてきましたし、
事実、豊かになったかどうかは疑問が残りますが、
努力は多少なりとも報われてきたような気がしています。
そういう意味では、自分が生きてきた時代に感謝の気持ちがあります。
それにしても、一体いつから日本は
「努力は報われる」と素朴に信じることが難しい社会になったのでしょうか?

水牛先生は、回答を次の文章で締めくくっていますが、
「破壊」は、あくまで社会とってに有用な「創造的破壊」であることを願っています。

『現在の日本でも、いわゆるネット右翼と言われる若年層を中心に、
 かつてのナチスに似た陰謀論が広まりつつあるようです。
 若者の無力感を肥やしにして、ニヒリズムと破壊願望が大きくなっています。
 わたしはかなりの危機感をもって、現状を見ています。』