しんちゃんの老いじたく日記

昭和30年生まれ。愛媛県伊予郡松前町出身の元地方公務員です。

瀬戸内が生んだ政治家

「茜色の空 哲人政治家・大平正芳の生涯」(辻井 喬著:文春文庫)を読了しました。

著者の辻井喬ペンネームで、
本名は、セゾングループ代表などを歴任した堤清二さんであることを、
この本を読んで初めて知ることになりました。
実業家として活躍されながら、
一方で、このような傑作を書かれていたことに、まずもって驚いた次第です。

さて、この本は、瀬戸内海に面した香川県の出身で、
内閣総理大臣を務めた大平正芳の生涯を描いた小説です。
小説のなかには、この本の題名になったと思われる瀬戸内の描写があります。

『正芳が眺めている海は、
 播磨灘から淡路島を経て大阪港へ、
 南に下れば太平洋へと続く内海の一番奥なのであった。
 それだけに、日没はずっと遠くに島影を連らねている瀬戸内海を逆光に照らし出し、
 そこからはよく茜色に染まった壮大な夕焼けが眺められた。』

私の故郷、愛媛県松前町からも、
伊予灘に沈む茜色の夕日を見ることができますので、
原体験を共有しているようで、とても親しみを感じます。

ところで、肝心の読後の感想ですが、
自分でも不思議なことに、大蔵省の上司との会話がとても印象に残っています。

『〜(略)〜しかし、このまま戦況が悪くなったら
 自分は役人としての自由な境地に達する前に死んでしまうかもしれない。
 そうなったらなったで止むを得ない。
 人間は誰でもみんな途中で終わるのだ。
 とうとう為すべき事はやり終えた、
 もう思い残すことはないと言って終える人生なんてあるものではない。』

この「死生観」に、哲人政治家の真骨頂を見た気がして、いたく感銘を受けました。
ただし、この後に続く言葉は、
『それなら、植木主計局長のように、
 機会があれば殻を破る努力をすべきではないか。』
という前向きなものでした。

そして、この前向きな言葉は、
大平正芳のエッセイ「納得のいく人生」(昭和51・10・25)の、
次の記述を思い起こさせるものがありました。

『限りなく続く悩みと苦しみの中に、
 喜びと平和を見出していくことこそが、人生というものではないでしょうか。
 先はまだまだと思いつつ、重い荷を背に遠い道を少しずつ歩んでいくのが
 人生の姿のように思われます。』

また、この小説には、私が崇拝する安岡正篤先生が登場します。
安岡正篤先生の「東洋人物学」(講演)には、
『その地位には淡々落々として 敬虔で私心なく
 自信を温容に包み 慈愛と信頼を秘めて
 侵し難い威厳を保ちながら どこかユーモアがあり
 そして一抹の寂しさを含んでいるもの』
という有名な言葉がありますが、
まるで大平正芳という、理想の指導者を述べているような気がしてきました。

今はちょうど、参議院選挙の真っ最中。
良識の府参議院にふさわしい、「東洋人物学」のような政治家を選びたいものです。

茜色の空―哲人政治家・大平正芳の生涯 (文春文庫)

茜色の空―哲人政治家・大平正芳の生涯 (文春文庫)