今月12日の日経新聞「ニュース複眼」は、「名門企業の不祥事なぜ続く」でした。
東芝、旭化成グループ、独VWなどの名門企業で不祥事がなぜ続くのかについて、
3人の有識者の方が意見を述べられていました。
そのなかでも、数土文夫・東京電力会長の
「内部昇格の統治 時代遅れ」という意見が特に印象に残りました。
まず、数土会長は、
最近の企業不祥事には次の4つの共通項があると指摘されています。
①いずれも伝統ある大企業で発生した
②経営トップが関与している疑念がある
③重大問題にもかかわらず責任の所在が不明
④長年にわたって蓄積されてきた
次に、なぜ伝統企業で不祥事が続くのかについては、
「失われた20年の間に、日本型の企業統治が
時代に合わなくなってきたことと関連があるように思えてならない。」
と述べられたうえで、具体的な内容を次のように説明されています。
『従来は生え抜きの社員が取締役になって社長の座を射止め、
会長となってにらみを利かし、
最後は取締役相談役に鎮座する「多重統治体制」が多かった。
こういう体制では、経営陣は大胆な決断がしづらい。
仮に先輩が築いた事業が利益を生まなくなっても見直しにくくなる。
結果として見過ごされたり、
温存されたりした小さな問題が長い間に大きな課題となり、
突如不祥事として表面化する。こんな流れがあるのではないか。』
では、どうすればよいのか?
社内役員とは異なる経験と感性をもった人を社外取締役として迎えること、
そして、経営者自身については、
論語の「修己治人(しゅうこちじん)」という言葉を引用して、
トップがまず謙虚であるべきだと指摘されています。
こうした不祥事は、なにも企業に限って起きることではありません。
官公庁においても参考にすべき、数土会長の御指摘だと思います。
ところで、企業不祥事と官庁不祥事との違いは何か?
企業で不祥事が起きると、ブランドイメージが低下し、
経営そのものに打撃を与えますが、
官公庁で不祥事が起きても、「倒産」のリスクはほとんどありません。
ただ、「信頼回復」に長い年月を要することは共通していると思います。
そういえば、『不祥事が起こってしまった!』(宇於崎裕美著:経営書院)に、
「クライシス・コミュニケーン」という言葉があったことを思い出しました。
著者によると、
クライシス・コミュニケーションは、広報の手法を使ったリスクマネジメントで、
事件・事故により、企業・官公庁などの組織が
危機的状況に陥った時のコミュニケーション活動全般をいいます。
不祥事が根絶できないとしたら、
起こってしまった時の対応をいつも想定しておくことが大切なのかもしれません。