少し古くなりましたが、今月20日の産経新聞「正論」で、
雪斎先生こと、櫻田淳・東洋学園大学教授が、
オバマ大統領の広島訪問に関し、次のように述べられていました。
・広島での日米両国首脳の姿は、「核のない世界」の実現に向けて、
「日米両国は手を携えて進む」という趣旨のメッセージを
世界中に発することになるであろう。
・筆者はこのメッセージの力点は、「核のない世界の実現に向けて」の部分よりも
「日米両国は手を携えて進む」の部分の方に置かれることになるであろう
とみている。
・「日米両国は手を携えて進む」の部分に力点が置かれるというのは、
それ故にこそ、原爆投下の是非を詰問するとか、
謝罪を求めるとかといった後ろ向きの反応を
日本からは微塵(みじん)も発してはならないということを意味している。
そのようなそぶりを示した瞬間、
オバマ大統領を広島に招いた意義は大幅に失われる。
このような点を踏まえたうえで、雪斎先生は、
オバマ大統領を迎える日本の人々に要請されるのは、
日越両国を続けて歴訪する大統領の意図を読んだ上で披露される
「大人の感性」であろうと述べられていました。
最初にこの論評を読んだときに、
「大人の感性」とはどのような「態度」・「態様」なのか、
その具体的なところが今ひとつ理解出来ませんでした。
すると、今月25日の朝日新聞「オピニオン」欄に、
作家の塩野七生さんが、雪斎先生と同じような考え方を披瀝されていました。
塩野さんは「品位の高さ」という言葉を次のように使われていました。
『謝罪を求めず、無言で静かに迎える方が、謝罪を声高に求めるよりも、
断じて品位の高さを強く印象づけることになるのです』
さらに、新聞報道についても、
『ときには多言よりも無言のほうが多くを語る、という
人間世界の真実を思い起こしてほしいんですね』と述べられています。
う~む、政治や歴史に造詣の深い
雪斎先生と塩野さんのお言葉にはとても重みがあります。
そして、今日27日、オバマ大統領の広島訪問が現実のものとなりました。
ちょうど40年前、私は広島平和記念公園を訪れました。
当時、原爆死没者慰霊碑の
「安らかに眠って下さい 過ちは繰り返しませぬから」という言葉を読んで、
「被爆国である日本がどうしてこのような自虐的な言葉を発する必要があるのか」と、
疑問に感じたことを昨日のことのように思い出します。
40年経った今日やっと、その疑問が解消され、
碑文に込められた「真意」が理解できたような気がします。