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しんちゃんの老いじたく日記

昭和30年生まれ。愛媛県伊予郡松前町出身の元地方公務員です。

「人間らしさの再考」を考える

今日の日曜日は出勤でした。

明日20日に、重要な会議が予定されているので、その準備のために出勤しました。

夜明け前に沛然と雨が降っていて、ちょっと気持ちが落ち込みましたが、

バイクにスタートの鍵をかける頃には小降りとなっていました。

 

さて、日経新聞「文化」欄に、作家の島田雅彦さんが、

人工知能雑感』という随想を寄稿されていました。

人工知能と人間の将来像について、示唆に富む記述がありましたので、

少々長くなりますが、該当箇所をこの日記に書き残しておきます。

 

産業革命と情報革命を経て、人間は労働と思考を機械に委ね、

  楽をした分だけ退化した。元々備わっていた身体能力も思考能力も劣化し、

 健康問題を抱えながらも、長生きだけはするようになった。

 いかに労働集約型から労働節約型の社会を実現するか

 という目標の最終ゴールが人工知能である。

 だが、雑事や面倒な仕事から開放されてみんなハッピーになれるという

 ユートピア論的な未来予測というのは、たいてい外れる。

 人は働いている時は、遊んで暮らすことへの憧れを募らせるが、

 リタイアした人はすぐ気づく。やるべき仕事がないということが、

 いかに人生の希望や輝きを失わせるかを。

 

 人間界ではわりとヘタレや敗者も生き延びてこられたのだが、

 人工知能が進化論の原則をよりシビアになぞるとしたら、

 文字通り血も涙もない淘汰を行うだろう。

 人間だけが持っていると思われていた創造性も、

 人工知能によって代行されるとなれば、我々は学問をする理由もなくなる。

 そもそも学問の修得は、奴隷状態からの解放が一番の目標だった。

 長い年月をかけ、哲学的、科学的に考察して来た人間の条件も大きく変わる。

 人間は人工知能に使役され、寄生する奴隷か、

 動物園の動物のようになってゆくと思われる。』

 

う~む、今や「人工知能」が囲碁や将棋のプロに勝利する時代です。

「すごい時代が来たものだ…」と、ただ単にそれだけの感覚でしたが、

「人間が人工知能の奴隷になる」とか、「動物園の動物のようになる」という、

島田さんの鋭い文章を読んで、

SFの世界が現実になりそうで、にわかに危機感が湧いてきました。

 

そして、島田さんの随想の最後は、

人工知能が世界を支配する前に「人間らしさ」を再考すべきかと思う。』

という文章でした。

「人間らしさの再考」とは一体どういうことなのか……?

改めて問われても、即答できない自分がいます……。