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しんちゃんの老いじたく日記

昭和30年生まれ。愛媛県伊予郡松前町出身の元地方公務員です。

読み通せない本

NHKテレビテキストの100分de名著

『苦海浄土~石牟礼道子』を読了しました。番組講師は批評家の若松英輔さんでした。

 

遠い記憶を辿りながらテキストを読み進めました。

私が石牟礼さんの「苦海浄土」という本を購読したのは、

確か、大学生の頃だったと思います。

自分で言うのも変なのですが、

当時の私は、法学部に在籍し、青年らしい正義感に溢れていたように思います。

「…だったと思います。」とか、「…ように思います。」と書いたのは、

いつその本を読んだのか、そして、本を読み終わった後、どんな感想を抱いたのか、

今となっては、ほとんど思い出すことができなかったからです。

 

ところが、テキストを読み進めるうちに、

当時、在野の大学の法学部の学生として、

持っていたであろう「正義感」という感情を、少しずつ呼び覚ますことができました。

ただ、残念なのは、その本が我が家の書棚から無くなっていることです。

当時持っていた「正義の感情」をいつまでも忘れずにいるためには、

自分が生きている間、大切に保管しておくべき本だったのに……。

 

もう一つ、遠い記憶を辿ったのは、水俣とは違うけれど、

中学生の修学旅行で、雲仙・天草を訪れ、

天草パールラインから見た、海や島々のあまりの美しさに感激したことです。

我が故郷の伊予灘も美しいけれど、それにも勝る絶景でした。

水俣から見る八代海の美しさも容易に想像できます。

 

さて、肝心のテキストのことですが、

若松さんが心血を注いで書かれた文章であることが読み手に伝わってきます。

その若松さんは、この本のことを次のように述べられていました。

『私たちは必ずしもこの作品を読み通す必要はありません。

 「読めない」のは、そこで立ち止まらなくてはならないからです。

 読書は旅です。むしろ、読み通すことのできない本に出会うことこそ、

 喜びなのではないかと私は思います。 

 「読めない」というのはじつに深遠な言葉との交わりであり、

 また豊饒な芸術の、あるいは人生の経験であることを

 忘れないでいただきたいと思います。』

 

う~む……、私は当時、「苦海浄土」を最後まで読み通すことができたのか?

遠い記憶を辿っても、どうしても自信を持って答えることができません。

 

石牟礼道子『苦海浄土』 2016年9月 (100分 de 名著)

石牟礼道子『苦海浄土』 2016年9月 (100分 de 名著)