しんちゃんの老いじたく日記

昭和30年生まれ。愛媛県伊予郡松前町出身の元地方公務員です。

形容詞に頼らない

今日は18日は、二十四節気の「雨水」です。

「雪が雨になり、溶けた雪が土を潤すとき」でもあり、

また、「春一番が吹くころ」でもあります。

 

さて、一昨日16日の「溜池通信・不規則発言」で、「かんべえ」さんが、

「論説の作法」について次のようなことを書かれていました。

私も忘れずに、その内容をこの日記に残しておこうと思います。

 

『先日、とあるジャーナリストから聞いた話で、

 「おお、これはその通り!」と同感したことがある。

 忘れないようにここで書いておこう。

 それは「論説を書くときは、形容詞に頼らない」ということ。

 もちろん文章を書くときに、形容詞をまったく使わないわけにはいかない。

 ここでいうのは、「ロジックの弱さを形容詞で補うな」

 ということでありましょう。悪い例はいっぱい思いつきますな。

 ほら、「毅然とした外交」とか、「凛とした政治」とか、

 「しなやかな民主主義」とか、「対等な日米関係」とか。

 こういう「いかにも印象の良さそうな形容詞」が使われるのは、

 だいたいがロジックに自信がないときですな。

 いかにもふわっとした言葉なので、

 具体的にどういうものであるか定義ができないし、

 そもそも「✖✖が毅然としているかどうか」は人によって受け止め方が違う。

 コピーとしてはいいけれども、

 それでロジックを生み出したつもりになってはならない。

            ~(略)~

 ということで、旨そうな形容詞がついている言葉を見かけたら、

 気をつけなければなりません。

 そういうのが得意な知識人は少なくないのですけれども。』

 

う~む、なるほど……。

でも、この文章を読んで、ちょっとドキッとしました。

ひょっとしたら私も、この日記で、「ふわっと」した形容詞を乱用しているかも…?

まぁ~、私は、この日記で「論説」を書いているわけではありませんし、

旨そうな形容詞を思いつけるような知識人でもありません。

 

ただ、これからは、「かんべえ」さんが指摘されているような観点を頭に入れて、

いろいろな人が書いた、論考や論評、

そして、レポートなどを読むように心掛けたいと思います。