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しんちゃんの老いじたく日記

昭和30年生まれ。愛媛県伊予郡松前町出身の元地方公務員です。

民主政治と世論形成を学ぶ

論考・論評・コラム

昨日6日の日経新聞「オピニオン」欄「核心」は、

芹川洋一・論説主幹の執筆による

『世論形成が危ない~SNS政治に「待った」』でした。

 

この論評では、これまで世論形成の主役の座をしめてきたのは、新聞やテレビなど

送り手から受け手へとタテ型に情報が流れるマスメディアだったけれども、

人と人とのヨコ型のつながりであるSNS(ネットによって政治家と個人が直結、

マスメディアを間にはさまない「中抜き」の構図)がそれを変えつつあり、

このSNSが米国や欧州で、政治をつき動かす武器になっている、

と指摘していました。

 

そして、マスメディアとSNSによる世論形成の違いが、

次のように解説されていました。少々長くなりますが、

とても大切なことが書かれていたので、引用させていただきます。

 

 ・マスメディアは専門性をもった送り手から一般の人びとにむかって 

  メッセージが伝えられる垂直型の「情報普及のメディア」だ。 

  SNSは趣味やイデオロギーなど共通点を持つ同好の士が結びつく

  水平型の「つながりと共感のメディア」である。

 

 ・共感や好意が先にあるから、情報が事実かどうかより

  「いいね!」「シェア」で反応しがちだ。

  フェイク(偽)ニュースは問題にならない。

  ポスト・トゥルース(事実無視)でもいっこうに構わない。

  オルタナティブ・ファクト(もう一つの事実)がまかり通る。

  事実と異なっていれば「誤報」として信用失墜につながる

  マスメディアとの根本的な違いだ。SNS世論の危うさの構造問題がここにある。

 

 ・もう一つ、ネットの世界では

  「サイバー・カスケード」とよばれる現象もあらわれる。

  小さな流れが階段状の滝をくだるうちに奔流となるように、

  似たもの同士で議論すれば極端な意見になっていき、

  集団分極化を招く危うさである。

 

 ・根拠のない情報で世論が操作されていては民主政治は成り立たない。

  極論をぶつけあっていても社会の合意は得られない。

  それはポピュリズム大衆迎合主義)をうむ土壌でもある。

 

 ・同じ方向の情報ばかりに触れてしまうネット。ムードに流されやすいテレビ。

  論理的な思考は活字だが、新聞でさえ「悪くすれば、少数の人間が

  自分の目的のために社会解体を宣伝する際の道具になる」

  (リップマン「世論」22年・掛川トミ子訳)といわれた。

 

う~む、なるほど……。

私自身はといえば、パソコンでインターネットは日々利用するけれど、

いまだ「ガラケー」の所有者で、

おかげさまで(?)SNSとは無縁の世界に生きています。

テレビはお気に入りの番組以外はほとんど見ることはなく、

政治や社会経済の動きは、インターネット以外は、もっぱら新聞情報に頼っています。

 

でも、この論評の主旨からすると、

ネットもテレビも、そして新聞も、時には世論を操作する道具になります。

では、私たちは何を信じて物事を判断すればよいのでしょう?

芹川論説主幹は、次のような回答を用意されていました。

 

『~(略)~そうだとすればネット・テレビ・雑誌・新聞が互いにチェックしながら、

 ゆがんだ世論形成にならないようにしていくしかない。

 求められるのは客観主義にもとづく正確な事実、データ・証拠による比較分析、

 全体状況と時間軸の中でとらえていく思考だ。』

 

はぃ、よく分かりました。

特に、最後の「全体状況と時間軸の中でとらえていく思考」というご指摘は、

以後、心したいと思います。