しんちゃんの老いじたく日記

昭和30年生まれ。愛媛県伊予郡松前町出身の元地方公務員です。

「自己責任」という言葉の重み

今月2日の朝日新聞デジタル版に、

民進党増税で勝てるのか』というタイトルで、

井手英策・慶応大学教授へのインタビュー記事が掲載されていました。

 

記事によると、 民進党の新代表に決まった前原誠司氏が掲げる 「ALL for ALL」を

ブレーンとして考えたのが井手教授とのことでした。

そして、「ALL for ALL」とはどんな社会ですか?…という問い掛けに、

井手教授は次のように答えられていました。

 

『今の日本は自己責任の社会だと僕は思います。

 つまり、自己責任で稼ぎ、貯蓄をし、あらゆる不安に自分自身の力で備える。

 成長が止まり、所得が20年にわたって落ち、

 貯蓄率が劇的に下がるなかでみんな苦しい。

 それでも、人々は自己責任を押し付けられている。

 これが社会不安の一番の理由です。

 政府は「あなたが自分でなんとかしなさい」と言い、

 責任を個人に押しつけてきた。』

 

『日本から、「私たち」という概念が消えようとしていることに、

 危惧を抱いています。 社会の仲間がみんなのために税金を払い、

 不安や痛みを分かち合う「私たち」を作ろう。それが、「ALL for ALL」です。』

 

う~む、なるほど……。

そういえば、一連の地方分権改革が進められるなかで、

「自己決定・自己責任」という言葉が、

当時の「キーワード」になっていたことを思い出しました。

それは、従来の中央省庁主導の縦割りで画一的な行政システムを

住民主導の個性的で総合的な行政システムに切り替え、

自己決定や自己責任の原理に基づく分権型社会を創造しようとするものでした。

 

県職員時代、市町村の行財政運営に深く関与していたころ、

私もよく好んで(あまり考えることなく)この言葉を使ったように記憶しています。

ただ今回、この記事を読んで、忸怩たる思いがありました。

新自由主義的な「自己責任」の考え方を徹底的に貫けば、

最終的には「責任を個人に押し付ける」ことにもなりかねないのですね……。

 

定年退職後、自分の将来に不安を抱えるようになって、

その言葉の重みがようやく分かってきたような気がしています。