しんちゃんの老いじたく日記

昭和30年生まれ。愛媛県伊予郡松前町出身の元地方公務員です。

未来のために必要な過去

深夜から未明にかけて大荒れの天気となりました。

窓を打つ強い風と不気味な雷の音で何度も目が覚めました。春の嵐です‥‥。


さて、日経新聞の連載特集「平成の30年 陶酔のさきに」は、今日16日が最終回でした。

「日本人はどこへ行く」というテーマで、

ノンフィクション作家の梯久美子さんにインタビューした記事が掲載されていて、

そこには次のような印象深い記述がありました。


『未来への不透明感が増した一方で、平成は過去を顧みなくなった時代でもあります。

 死者の声を聞かなくなった時代です。

 あの戦争を含む日本人の過去を、昭和のころはまだしきりに振り返り、未来への教訓にしていたのですが、

 それが軽んじられている。

 このところ発覚した公文書のずさんな取り扱いや統計不正をみていると、

 終戦直後に機密書類を大量焼却したような過ちを反省していないなと痛感します。

 未来のために必要な過去を、今を乗り切るために切り捨てていませんか。

 そういう所作は、歴史を単純化して解釈する風潮ともつながっている。

 近現代史と取り組んでいると、どんな事象も複雑な内実を持っていることがわかります。

 ところが、多くの人々がその複雑さに耐えられない。短い、単純な言葉で語ろうとするのです。

 それで結局、徒党を組むときの陣地争いの手段としての歴史が幅をきかせる。

 教養を深めて、もっと歴史の複雑さに耐えたいものです。

 歴史の複雑さに向き合わないと、見方をあっけなく反転させてしまうことにもなります。』


う~む、なるほど‥‥。

平成は「過去を顧みなくなった時代」「死者の声を聞かなくなった時代」だったのですか‥‥。

ノンフィクション作家の梯さんのご指摘だけに重みがあります。

この記事を読んで、先日この日記に書いた、中島岳志さんの「生きている死者」を思い起こしました。

未来のために過去が必要でなんですね‥‥。心にしっかりと留めておきたいと思います。

最近、この歳になってようやく、自ら拠り所とする思想が見えてきたような気がしています。