今月7日の朝日新聞一面コラム「折々のことば」は、堂目卓生(どうめたくお)さんの
『経済を発展させるのは「弱い人」、あるいは私たちの中にある「弱さ」である。』という言葉で、
いつものように鷲田清一さんの、次のような解説がありました、
『今日の企業活動には、熾烈(しれつ)な競争を勝ち抜くという強壮なイメージがつきまとう。
しかしそれを根底で突き動かしているのは「弱さ」だと、経済学史家は言う。
生活物資の欠乏から虚栄心、嫉妬心まで。そういう視点から見直すと経済の別の顔が見えてくる?
そういえば英語で欲求(want)は同時に欠乏を、虚栄心(vanity)は空しさを意味する。
著書「アダム・スミス」から。』
このコラムを読んで、書棚にある「中公新書」を取り出し、パラパラと読み返してみました。
堂目さんの著書には、コラムで紹介された言葉に続いて、次のようなことが書かれていました。
『「弱い人」は、最低水準の富を持っていても、より多くの富を獲得して、
より幸福な人生を送ろうと考える。そのような野心は幻想でしかなく
個人の幸福の程度は、富の増加の後と前で、ほとんど変わらないので、
「弱い人」はだまされたことになる。しかしながら、スミスは、
そのような「欺瞞」が経済を発展させ、社会を文明化する言動力になると考える。』
さらに、本書の終章では、次のようなことが書かれていました。
『「道徳感情論」においてスミスが描いた人間像は、「賢明さ」と「弱さ」をもつ人間であった。
「賢明さ」とは胸中の公平な観察者の判断にしたがって行動することであり、
「弱さ」とは胸中の公平な観察者の判断よりも自分の利害、
あるいは世間の評判を優先させて行動することである。「賢明さ」は社会秩序の基礎をなす。
一方、「弱さ」は社会の繁栄を導く原動力になるのであるが、
そのためには、それが「賢明さ」によって制御されなければならない。
つまり財産形成の野心や競争は正義感によって制御されなければならない。』
このコラムを読まなければ、この名著は、再び私の手に取られることはなく、
書棚の中で静かに眠っていたと思います。
「再会」のきっかけを与えていただき、ありがとうございました。