しんちゃんの老いじたく日記

昭和30年生まれ。愛媛県伊予郡松前町出身の元地方公務員です。

時事・時評

政治家としての資質とは

小雨が降り続いた一日となりました。薄曇りなら、庭の草むしりをしようかと思っていたのですが、残念です。(実は、ホッとしています。) さて、自民党総裁選に関して、今日の日経新聞電子版に、「日経世論調査」の結果が、次のような内容で掲載されていまし…

危機時におけるリーダーの資質を考える

日差しは強くても、吹く風は次第に肌に優しくなってきました。厳しい暑さとの闘いも、もうしばらくの辛抱です‥‥。 さて、昨日の菅総理の退陣表面に関連して、今日の日経新聞「社説」と愛媛新聞「社説」には、それぞれ次のようなことが書かれていました。 『‥…

勝負を分けた瞬間

目覚めた時から降り続いていた雨は、ようやくお昼過ぎに止みました。 さて、昨日のこの日記で、「今はとりあえず、自民党の幹事長人事に注目したいと思います。」と書いたら、今日は、突然に、菅総理が総裁選不出馬の表明‥‥です。う~む‥‥。ひょっとして、党…

冷めた感覚はダメかしら?

未明に雨が降り、日中は雨模様の一日となりました。日差しがないので気温も上がらず、久しぶりにエアコンなしで昼間を過ごすことができました。 さて、今日の日経新聞「政治・外交」欄の「自民党総裁選を語る」で、谷口尚子・慶大大学院教授が、次のようなこ…

「心豊かな社会」を考える

日経新聞の「未来面」は、「読者の皆さんや企業経営者とともに議論する紙面」とのことですが、今日30日の紙面には、川合尊・日本特殊陶業社長の提示した「心豊かな社会とは?あなたは何をしますか?」という課題に対し、高校生1人と大学生2人の「アイデ…

「終戦の日」の雑感

ここ数日、梅雨末期のように降り続いていた雨も、今日はようやく止んで、午後2時過ぎからは、久しぶりに太陽が顔をのぞかせました。やはり、夏は夏らしい天気がお似合いです。 さて、「終戦の日」の今日、日経新聞に掲載された「敗戦の教訓は今の日本にも通…

心に火をつける言葉とは

今日の日経新聞一面コラム「春秋」で、強く印象に残る「格言」が紹介されていました。 『教育関係者からこんな格言を聞いた。 「凡庸な教師はただしゃべる。よい教師は説明する。すぐれた教師は自らやってみせる。 そして、偉大な教師は心に火をつける」。米…

一つの「変わらなかったもの」

昨日22日から、二十四節気の「大暑」となりました。8月6日までです。この「大暑」の期間と重なるように、東京オリンピックが開催されることになります。 そして、今日23日はその開会式です‥‥。日経新聞の一面には、藤井彰夫・論説委員長が「原点見つめ…

平等化の「第5の道」

今日の日経新聞オピニオン欄「中外時評」の、「コロナ下の格差を正せるか」というタイトルの 次のような記事が勉強になりました。(本文中、省略した記述があります。) 『米スタンフォード大学のウォルター・シャイデル教授は 戦争、革命、国家の崩壊、疫病…

新型コロナワクチン接種と経済学の「公共財」の関連について学ぶ

昨日の日経新聞「オピニオン」欄、「エコノミスト360°視点」に掲載された渡辺安虎・東京大学教授の執筆による『ワクチン接種にインセンティブを』というタイトルの記事が、新型コロナワクチン接種と経済学の「公共財」の関連を知るうえで、とても勉強にな…

この手法は「禁じ手」?

一昨日8日の、緊急事態宣言下で酒類の提供をやめない飲食店に対する西村康稔経済財政・再生相の「要請に応じない店の情報を金融機関と共有する」「金融機関からも順守の働きかけをしてほしい」といった発言が波紋を広げ、最終的には発言の撤回を余儀なくさ…

「ゼロか100」か、それとも?

今日は、「愛媛県は23日の検査で新型コロナウイルス陽性は、確認されなかったと発表した。」との報道がありました。「県内の感染確認ゼロは3月19日以来66日ぶり」とのことでした。これがこれまで時短要請等に協力されてきた飲食店や、県民一人ひとり…

日本という列車は単線‥‥

今日の日経新聞オピニオン欄「Deep Insight」、秋田浩之コメンテーター執筆による、『80年間なぜ変わらない~コロナに苦戦、戦前の教訓』というタイトルの論評が、とても勉強になりました。 記事ではまず、「人口千人当たりの病床数は先進国で最多なのに、…

ダンスはうまく踊れない

愛媛県では、新たに52人の新型コロナウイルスの感染が確認されました。また国は、今日の午後6時半から行われた対策本部会議で、愛媛県への「まん延防止等重点措置」の適用を正式に決定しました。あさって25日から来月11日まで、17日間の適用で、対…

価値観のアップデート

朝日新聞デジタル版の「論壇時評」に、ジャーナリストの津田大介さんが、『森発言の「成果」~更新を続ける価値観、変革の力』というタイトルの論評で、次のようなことを書かれていました。こういう視点もあるのだと、大変勉強になりました。 『米調査機関ピ…

ビジョンのないNo2タイプ

今月5日付けの「溜池通信 Vol.709」を読みました。今回の特集記事は、「2021年世界経済への楽観と悲観」というテーマでした。結論として、「かんべえ」さんは、このところの「世界経済の楽観論」には懐疑的で、次のようなことを述べられていました。…

改めて問い直す

朝日新聞デジタル版では、「再考2020+1」の連載が続いています。今夏に延期になった東京五輪が開幕まで半年を切り、コロナ禍で開催に懐疑論が出るなか、改めて大会の意義を問い直す、という趣旨の連載で、有識者の方々が、それぞれ貴重な意見を述べられ…

「素朴な疑問」に同感する

今日の日経新聞マーケット欄「大機小機」に、「コロナ対策、素朴な疑問」と題して、次のようなことが書かれていました。少々長くなりますが、大切な視点だと思うので、引用させていただきます。 『コロナ禍が始まって約1年になるが、日本全体がいまだに感染…

「プランB」がベールを脱ぐ時

第204通常国会が、今日18日に召集されました。この通常国会では、1年間の内閣の基本方針や主な政策を示す、首相による「施政方針演説」が実施されることになっていて、日経新聞デジタル版には、そのポイントが次のように整理されていました。 ○コロナ…

「医療資源の最適配分」を考える

「トリアージという言葉」のタイトルがついた、今日の朝日新聞一面コラム「天声人語」(デジタル版)の次の文章を読んで、いろいろと考えるところがありました。 『‥‥人口あたりの病床数は世界最高水準で感染者は欧州より少ない。 それでも逼迫(ひっぱく)…

我慢の日々は続く

今日は、強い風が吹き荒れて、強烈な寒さとなりました。極端に寒がりの私は、まるで「寒さの我慢大会」に参加しているような思いです。天気予報では、「爆弾低気圧」が北日本を通過しているようで、明日はもっと寒くなるとか‥‥。コロナといい、極寒といい、…

「補助金行政」を考える

「Go Toトラベル」の年末年始期間の一時停止を受けて、新聞各紙のコラムニスト氏はどのようなことを書くのかな‥?、と思っていたところ、朝日新聞一面コラム「天声人語」には、「補助金行政」というタイトル(デジタル版)で、次のようなことが書かれていま…

経済財政白書のコラムを読む

今月7日付けの溜池通信「かんべえの不規則発言」で、「かんべえ」さんが、「令和2年度 年次経済財政報告」(経済財政白書)のことについて書かれていました。今年の白書は、春先がコロナで大騒ぎだったので、「せめて4-6月期のGDPを見てから書きたい」とい…

ウェルビーイングとディーセンシー

最近になって、「ウェルビーイング」と「ディーセンシー」という言葉を知りました。 「ウェルビーイング」は、日経新聞「やさしい経済学」で連載中の、「幸せ中心社会への転換」を読んで知った言葉で、同じ「幸福」と訳されることがあっても、「well-being」…

「敗者の美学」がない国

2020年11月に行われたアメリカ大統領選挙がどのようなものだったのか、後から振り返った時の参考とするために、今日の日経新聞一面コラム「春秋」の全文を、この日記に書き残しておこうと思います。 『「党派的な感情は愛国心に屈しなければならない。…

固唾を呑んで見守る

大接戦となっている、アメリカ大統領選挙の開票速報を、固唾を呑んで見守っています。これが日本であれば、出口調査等に基づき、早ければ投開票日の午後8時の開票開始と同時に、民放、NHKともに「当確」の速報がテロップで流れるところなのですが、選挙…

「日本学術会議」問題を考える

日本学術会議をめぐる報道に触れるにつれ、何が物事の本質的な問題なのか、正直言って分からないところがありました。そんななか、今月23日に産経新聞「正論」に掲載された、「雪斎先生」こと、櫻田淳・東洋学園大学教授執筆による『「正義」よりも「寛容…

何が起こるか分からない

二つの出来事には、全くと言っていいほど関連性がないけれど、この世の中、「何が起こるか分からない」、「何が起こっても不思議ではない」ことを、改めて気づかせてくれたことについては、共通点があったと思います。 その一つは、「東京証券取引所で昨日、…

溜息が出る値上げの秋

日経新聞電子版「Nextストーリー」、「復活~キリンビール」の連載記事を興味深く読みました。「失敗の本質を探る」の小見出しに続いて、次のようなことが書かれていました。 『15年当時、第三のビールの新商品では05年発売の「のどごし〈生〉」以降…

真の危機を自覚すべきかも?

先月29日の朝日新聞一面コラム「折々のことば」は、キェルケゴールの「絶望していないこと、換言すれば自分が絶望していることを意識していないことも またまさに絶望の一つの形態である」という言葉で、いつものように鷲田清一さんの、次のような解説があ…