いゃあ、こんなことも珍しいのではないでしようか?
一昨日(26日)の全国新聞(朝刊)の一面コラムは、「共通の話題」を取り上げていました。
その話題とは、25日のこの日記でも取り上げた
「2012年度 国語に関する世論調査」(文化庁)のことです。
それぞれのコラムの「さわり」と思われる部分を抜き出してみます。
○読売新聞「編集手帳」
日本語はむずかしい。
「国語に関する世論調査」の<噴飯もの>でも、むずかしさを実感した。
○毎日新聞「余録」
・時代が求める新たな意味を宿らせるのも日本語の伝統なのだろう。
・オノマトペ(擬態語、擬音語)の上手な使いこなしは
先人から授かり子孫に伝えるべき日本語なのだ。
○朝日新聞「天声人語」
・言葉は世につれ。伝統は守りたいが、あらがえない変化もある。
小言をいう人がいて、取りなす人がいる。
○産経新聞「産経抄」
・手紙など過去の遺物のはずだった。ところが、さにあらず。
「国語に関する世論調査」によると、
手紙は手書きにかぎるという人が、若い世代で増えているという。
○日経新聞「春秋」
・擬音語・擬態語のたぐいは厄介である。
手垢がついたものを不用意に使うと俗に堕す。賞味期限も短い。
だから森鴎外や三島由紀夫は嫌った。
・日本語はまったく難しく、面白い。
どのコラムも素晴らしい内容でしたが、
この中でも、特に印象に残ったのが産経新聞「産経抄」でした。
ノンフィクション作家の中丸美繪さんが、
三菱化成工業会長・篠島秀雄さん(昭和50年に65歳で逝去)の
春江夫人を訪ねた時のエピーソードが書かれていました。
若き日の篠島さんが、春江さんに送り続けたのは400通もの恋文。
『中丸さんによると、
春江さんの生活は、100歳になったなった今も変わっていない。
朝目覚めてまず夫の手紙を読み、
夜もまた、夫の手紙を読んで眠りにつくという。』
このコラムでは、
電子メールで、ほとんどの用事が済んでしまう現在も、
手書きの手紙が持つ意味や価値をさりげなく説かれています。
そして、若い世代にその意味や価値が理解されていることに、
日本語の明るい未来を確信されているように思われます。
『「編集手帳」の文章術』(文春新書)の著者、
竹内政明さんによると、
・読売新聞「編集手帳」 458文字
・毎日新聞「余録」 664文字
・朝日新聞「天声人語」 606文字
・産経新聞「産経抄」 689文字
・日経新聞「春秋」 564文字
文字数が多いにしても少ないにしても、
それぞれの御苦労があろうかと思いますが、
これからも「共通の話題」で読み比べができることを、
読者の一人として楽しみにしています。
できれば、「明るい話題」を希望します。