しんちゃんの老いじたく日記

昭和30年生まれ。愛媛県伊予郡松前町出身の元地方公務員です。

事実を語ること

ハンナ・アーレント〜「戦争の世紀」を生きた政治哲学者』
(矢野久美子著:中公新書)を読了しました。
いつものように、印象に残った箇所を、以下に残しておこうと思います。

 ・アーレントは、人間的な生のためには
  「オアシス」の使い方を知らなければならないと言う。
  それは、単独で人間が行うことと複数で存在することとの関係を考えることでもある。
  アーレントがここで述べる単独性や「孤独」とは、見捨てられた状態の「孤立」とは異なり、
  自己との対話を保持した想像力の源泉のようなものである。
  「独りだでけでいるときこそもっとも独りでない」というカトーの言葉を
  アーレントは引用した。

 ・「事実の真理」は、それが集団や国家に歓迎されないとき、タブー視されたり、
  それを口にするものが攻撃されたり、
  あるいは事実が意見へとすりかえられたりという状況に陥る。
  「事実の真理」は「理性の真理」とは異なり、人びとに関連し、出来事や環境に関わり、
  それについて語られるかぎりでのみ存在する。
  それは共通の世界の持続性を保証するリアリティでもあり、
  それを変更できるのは「あからさまな嘘」だけであるという。
  「歴史の書き換え」や「イメージづくり」による現代の政治的な事実操作や組織的な嘘は、
  否定したいものを破壊するという暴力的な要素をふくんでいる、とアーレントは指摘した。

 ・アーレントは、「どんな悲しみでも、それを物語に変えるか、
  それについて物語れば耐えられる」という
  アイザック・ディネセンの言葉をしばしば引用した。

 ・アーレントにおいて権力は暴力と異なり、
  人びとが集まり言葉と行為によって活動することで生まれる集団的な潜在力だった。
  彼女は、思考し、自由を求め、判断を行使する人びとが生み出す力こそが、
  世界の存続を支えると考えていた。

本書の帯紙には、『全体主義と対決し、「悪の陳腐さ」を問い、
 公共性を追求した生と思考の源泉に迫る』と書いてあり、
この文章に興味を惹かれて購入しました。
本の内容は決して平易ではありませんが、
とても大切なことが書かれていることは理解できました。

その大切なこととは、著者の言葉をお借りすると、
 「自分たちの現実を理解し、事実を語ること。
  人びとが出来事を共有し、語り継ぐ言葉がなければ、
  世代を超えて持続すべき人間の世界は地盤を失ってしまう。」
このことに尽きるのではと、私なりに理解しています。