しんちゃんの老いじたく日記

昭和30年生まれ。愛媛県伊予郡松前町出身の元地方公務員です。

日付が持つ情景

普段、何気なく眺めているカレンダーや手帳の「日付」について、
今日15日の日経新聞「春秋」では、
お見事としか言いようのない文章で、
その言葉というか、その数字の「意味するところ」(?)を表現していました。

『日付は無数の光景でできている。
 生まれてから経験した様々な出来事。初めて見た風景。
 世界中で日々、起きている誕生や死。慶事や惨事。
 ふだんは忘れている数字を眺め直すと、
 音や光と一緒に歓(よろこ)びや悲しみも蘇(よみがえ)る。
 そこには人間の記憶と生きた証しが凝縮している。』

『数字だけだと難解かもしれない。
 だが、日付が呼び覚ます様々な情景には豊かな広がりがある。
 どんな時代か見当もつく。悠久の時の中で今日は一日しかない。』

誕生日、命日、結婚記念日のほか、お正月、クリスマスなど……。
確かに、日付という数字を改めて眺め直すと、
その時々の情景が、まるで昨日のことのように思い出されます。
時には、「あの日、あの瞬間に帰りたい。」と願うことも……。
でも、コラムご指摘のとおり、「悠久の時の中で今日は一日」しかありません。

おっと……、
こうして日記を書いていて、今日が大切な日であることに気づきました。
今日は妻の誕生日だったのです。
今更、面と向かっては恥ずかしくて言えないけれども、「お誕生日おめでとう」。
そして、「いつもありがとうございます」。

孫娘の世話を一生懸命焼いているグランマは、いつまでも若々しいですよ……。