『「大日本帝国」崩壊〜東アジアの1945年』(加藤聖文著:中公新書)を読了しました。
学校の教科書には決して書かれていない歴史的事実を知ることになり、
少なからずショックを受けました。
読後を振り返ると、著者が最も強調したかったことは、
終章「帝国崩壊と東アジア」の次の一節ではないかと思います。
『東アジアにおいては、
第二次世界大戦終結を境に戦前と戦後を分ける捉え方は再考しなければならない。
むしろ、大日本帝国の崩壊から国共内戦、
さらには朝鮮戦争にいたるまでを一つの歴史の連続体として捉えるべきであろう。
またそれと同時に、日本列島、朝鮮半島、中国大陸などと
細切れされた地域の歴史としてではなく、
それらを包摂したより広い地域を一つの歴史として捉える視野が求められよう。
この時間軸(縦糸)と地域軸(横糸)を組み合わせることで、
これまでの一国史を超克した東アジアの新たな歴史像が生まれてくるのではないか。』
う〜ん、確かに終戦といえば、
「日本国の領域」のことしか考えたことがなく、
「大日本帝国の領域」の人々の過酷で困難な運命に、
かつて思いを巡らすことはありませんでした。
「広く深い歴史の視座」を持つことの重要性を、
この本を読んで少しは理解できたと思います。
さて、「あの戦争」のことが書かれた本書ですが、
次のような人生の箴言ともいえる言葉も登場します。
これがまた、本書の魅力でもあります。
・人や組織が持つ本質的な部分は、その最期に表れるといえる。
・前任者が偉大であればあるほど、
後任者にとって精神的重圧は計りしれないものとなる。
・官僚は与えられた枠組みのなかで能力を発揮するという習性を持つ以上、
革命家のように枠組みそのものを打ち破ることはできない人種である。
・歴史的大事件は、しばしば人間の野心や理想からではなく、
無知や怠惰から引き起こされる。
・恐怖にせよ信服にせよ、いかに大衆の心をつむかに要諦がある政治では、
イメージは理屈よりも重要である。
・精鋭と軍紀厳正は必ずしもイコールではない。
そうそう、忘れていました。次の言葉も強く印象に残っています。
『結局、大日本帝国の誕生から崩壊まで、
ほとんどの日本人は日本人による日本人だけの帝国という意識を
捨てきれなかったのである。』
終戦記念日を目前に控え、一読をお薦めしたい一冊です。
- 作者: 加藤聖文
- 出版社/メーカー: 中央公論新社
- 発売日: 2009/07
- メディア: 新書
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