『落語家はなぜ噺を忘れないのか』(柳谷花緑著:角川SSC新書)を読了しました。
「松岡正剛の千夜千冊」のHPで松岡さんが、
『いろいろな本を継続して貪り読めるコツのひとつに、
ときどき自分が知らない極端な専門家たちの吐露や告白、
未知の領域の観察や報告ついての本を挟み読みしておくということがある。
ぼくはこれを欠かしたことがない。』とおっしゃっていて、その本の一つとして本書が紹介されていたので、
それまでは落語に縁のなかった私ですが、アマゾンで購入して読んでみることにしました。
本書のなかで特に印象に残ったのは、次の二つの記述です。
『落語はただ物語を話せばいいわけではない。意味もなく客席を笑わせさえすればいいのでもない。
話の本筋をちゃんと見つめ、どうすれば登場人物の魅力を引き出せるか、
お客さんに伝えることができるかを考えて演じきる。それがあってこそ、見ている人は噺に入り込み、
共感し、感情を揺さぶられる。そして、面白いと感じてくれる。
噺を生かすも殺すも、落語家の了見と腕次第なのです。』
『江戸時代の人たちは、落語で熱狂したと思うんです。大笑いしたり、泣いたり、あるいは感化されたり。
そんな感動、感心、発散という目に見えない欲を満たす熱狂を与えた場所が、
寄席だったのではないでしょうか。
もしも、その空間がつまらなければ、寄席が今でも残っているはずはないんです。
だから我々落語家がやるべきなのは、かつて人々を熱狂させた空間を
再現し続けていくことではないのかと。』
この本に触発されて、著者の祖父であり、人間国宝ともなった
五代目柳谷小さん師匠の『笠碁』を、「YouTube」で実際に観てみることにしました。
本書を読んだ後だったせいか、これが実に面白い‥‥。
私にとって、新しい世界が一つ開けたかもしれません。

- 作者: 柳家花緑
- 出版社/メーカー: 角川SSコミュニケーションズ
- 発売日: 2008/11/01
- メディア: 新書
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