しんちゃんの老いじたく日記

昭和30年生まれ。愛媛県伊予郡松前町出身の元地方公務員です。

我とひとしき人しなければ

Kindle端末で、長編歴史小説樅の木は残った~全巻セット』(山本周五郎著)を読了しました。


読み応えがあり、しかも名言が盛りだくさんの、私好みの本でした。

その中でも、強く印象に残ったのは、松山の館主・茂庭周防(もにわすおう)と

主人公・原田甲斐が交わした、次のような会話の一部でした。


「笑うかもしれないが。」と周防が云った。

「おれがいちばん心配しているのは、うまく死ねればいいが、ということだ。」

「自然のままがいい。」と甲斐が云った。

「うまく死のうとまずく死のうと、死ぬことに変わりはないのさ。」

周防は微笑し、じっと甲斐の眼をみつめながら、頷いた。

「では、これで。」「では、‥‥」 それが、二人の会った最後となった。


小心者の私はいつも、「自分は人生最期の瞬間に、上手に死ぬことができるだろうか?」と考えています。

それと同じことが、この会話の中に書かれてあって、震えるような感動を覚えました。

そして、このしばらく後には、次のような文章がありました。

「死は怖ろしいものだ。」人間は誰しも死を怖れる。死そのものを怖れない人間でも、臨終の一瞬は怖ろしい。


そして、もう一つ‥‥。ニ絃琴の奏者・吉岡一玄との会話の中では、

原田甲斐は、伊勢物語の主人公・在原業平(ありわらのなりひら)の、次の歌を引用していました。

「おもうこと/いわでぞただに/やみぬべき/我とひとしき/人しなければ」


高樹のぶ子さんのNHKテレビテキスト「100分de名著」には、この歌の

「思っていることは言わずに、そのまま終えるべきであろう。

私と同じ人などこの世には居ないのだから。心の底より解ってもらえるはずなどないのだ。」

との解説があります。この小説の真骨頂を、作者が主人公に託した歌だと、私には思われました。