しんちゃんの老いじたく日記

昭和30年生まれ。愛媛県伊予郡松前町出身の元地方公務員です。

言葉は「存在のギプス」

町立図書館で借りてきた『JR上野駅公園口』(柳美里著:河出文庫)を読了しました。

なんとも切なくて哀しく、そして、やりきれない思いが読後に残る本でした。


高度経済成長期の中、その象徴ともいえる「上野」を舞台に、

福島県相馬郡(現南相馬市)出身の一人の男性の生涯を描いた作品なのですが、

「あとがき」で書かれていた、「在るひとに、無いひとの気持ちは解らないよ」という言葉が、

ずっと心に重くのしかかっています。


そして、昨日13日の朝日新聞一面コラム「折々のことば」は、その柳美里さんの

「この世から剥離(はくり)しかけた人を、最後にこの世に繋(つな)ぎ止めるのは、

言葉だと信じている」という言葉で、いつものように鷲田清一さんの、次のような解説がありました。


東日本大震災後、福島県南相馬市に移住した作家は、

 運行数の少ない電車に乗り遅れた高校生のために本屋を開く。

 「何も買わなくても、一時間以上滞在できる店は本屋ぐらい」だからと。

 この地域に限らず、重苦に苛(さいな)まれる一人一人にとって、

 言葉は身をかろうじて支える《存在のギプス》となるもの。

 随想「言葉の前に椅子を」(前野久美子編『仙台本屋時間』所収)から。』


う~む、なるほど‥‥。

「言葉は身をかろうじて支える《存在のギプス》となるもの」ですか‥‥。

本書を読んだ後だけに、よけいに胸を打つものがあります。