日経電子版のメールサービス【Editor's Choice】、「編集局長が振り返る今週の5本」を読んで、
米リスク調査会社のユーラシア・グループが、今年の世界の10大リスクのトップに挙げた、
「ゼロコロナ政策の失敗」の意味するところが、少し理解できたような気がしました。
『18世紀に活躍したフランスの哲学者、ヴォルテールが著した「カンディードまたは最善説」は、
不幸という不幸をかき集めたような不思議な冒険小説です。
現在のドイツにあるウェストファリア地方の領主のおいとして
裕福な環境で育てられた主人公のカンディード。
ところが領主のまな娘のキュネゴンドにほれ込んでキスをしてしまったことから領主に激怒され、
追放の憂き目に。以後、欧州から南米、そして再び欧州へと旅をし、
行く先々でこれでもかとばかりに不幸に見舞われ続けます。
この小説は17~18世紀のドイツの哲学・数学者、ライプニッツが唱えた
「神義論」への反論として書かれたとされます。
完全な存在であるはずの神が創ったこの世になぜこれほどの悪が存在するのか。
古くからのそんな疑問に対し、ライプニッツは
神が創った現実の世界はあらゆる世界の中で最善の世界であると主張しました。
ヴォルテールの小説に登場するカンディードも家庭教師のパングロスに
「すべては最善の状態にある」と教えられ、それを信じ切っていました。
ところが、放浪中のカンディードと再び出会ったパングロスはすっかり落ちぶれ、梅毒を患う身に。
それでもパングロスは「こうしたことはどれも最善である」と言い続けます。
大地震を鎮めるためのいけにえとして捕らえられたパングロスが絞首刑に処せられるに至り、
カンディードに疑念が生じ始めます。
「これがありとあらゆる世界の中で最善の世界であるなら、ほかの世界はいったいどんなところだろう」と。
波瀾(はらん)万丈の物語の紹介はこの辺で止めておきますが、
ヴォルテールが言いたかったのは
「完全ではないこの世界を完全と強弁するのはやめたほうがいい」ということだったのではないでしょうか。
別の自著である「哲学辞典」でも彼はライプニッツにかみつき、
「可能世界の中の最上世界という意見は慰めであるどころか、
それを信じる哲学者にとっては絶望である」と主張しています。
完全なはずの神が創った世界が完全ではないのに、不完全な人間が完全を追求することなど
そもそも無理な話とヴォルテールなら言い捨てたかもしれません。
「ゼロコロナ政策」にこだわる今の中国にはそんな危うさを感じざるをえません。‥‥』
う~む、なるほど‥‥。
徹底的な検査と厳しい都市封鎖で新型コロナウイルスの封じ込めに成功し、
ゼロコロナ政策の成功を大々的に宣言してしまった習政権と
今の中国社会にまん延する自信過剰にこそ危うさが潜んでいるのですね‥‥。
それにしても、「完全な存在であるはずの神が創ったこの世になぜこれほどの悪が存在するのか」
という問いかけは、いま読んでいる「カラマーゾフの兄弟」のイワンの言葉のようです。
「完全なはずの神が創った世界が完全ではないのに、
不完全な人間が完全を追求することなどそもそも無理な話」という厳然たる事実を、
しっかりと胸に刻んでおきます。