しんちゃんの老いじたく日記

昭和30年生まれ。愛媛県伊予郡松前町出身の元地方公務員です。

「村上ワールド」に浸る

町立図書館で借りてきた『職業としての小説家』(村上春樹著:スイッチ・パブリッシング)を読了しました。

いゃあ~、とても面白くて、しかも奥深い「自伝的エッセイ」でした。

本書の中でも、特に印象に残っているのは、

「小説家・村上春樹」の「誕生のエピソード」と思われる、次の二つの箇所でした。


まず、三十数年前の春の午後、ヤクルトのデイブ・ヒルトンがトップ・バッターとして、

神宮球場で美しく鋭い二塁打を打ったその瞬間に、

「そうだ、僕にも小説が書けるかもしれない」と思ったこと。

そのときの感覚は、空から何かがひらひらとゆっくりと落ちてきて、

それを両手でうまく受け止められたような気分だったこと。


次に、その一年後、春の昼下がりに、千駄谷小学校のそばで拾った怪我をした鳩を両手にそっと持ち、

交番まで持って行ったこと。そのあいだ傷ついた鳩は、自分の手の中で温かく、小さく震えていたこと。

そのときに自分は間違いなく「群像」の新人賞をとり、そしてそのまま小説家になって、

ある程度の成功を収めるだろうと思ったこと。


そして、これらを受けて、著者は次のように語ります。

『そして「小説を書く」意味について考えるとき、いつもそれらの感触を思い起こすことになります。

 僕にとってそのような記憶が意味するのは、自分の中にあるはずの何かを信ずることであり、

 それが育むであろう可能性を夢見ることでもあります。

 そういう感触が自分の内にいまだに残っているというのは、本当に素晴らしいことです。』


さらに、著者は、『小説を書いていて、いちばん楽しいと僕が感じることのひとつは、

「なろうと思えば、自分は誰にでもなれるんだ」ということです』、とおっしゃっていました。

本書を読んで、著者の誠実なお人柄と真摯な執筆姿勢が、少し理解できたような気がしました。

どっぷりと「村上ワールド」に浸ることができる本だと思いました‥‥。