しんちゃんの老いじたく日記

昭和30年生まれ。愛媛県伊予郡松前町出身の元地方公務員です。

「よりどころ」は何げない日常に

良く晴れて穏やかな日々が続いています‥。


さて、今日は、町立図書館に行って、1月1日(日)から1月7日(土)までの

朝日新聞一面コラム「折々のことば」を、まとめ読みしてきました。


この一週間で印象に残ったのは、1月1日(日)と1月3日(火)。

まず、1月1日(日)は、幸田文さんの

「ただひとつ、去年どんないいことがあったか、を数えてみることにしている。」という「ことば」で、

いつものように鷲田清一さんの、次のような解説がありました。


『年が改まると身も心も一新したくなる。

 でも歳(とし)がいくと、そんなけじめなどかまわず、お雑煮も胃の調子次第。

 心がけているのはただ一つ、と作家は言う。

 「愚痴ばあさん」になりたくないから、朝顔が一茎育ち、るり色の花をつけたことなどを思い出していると。

 随想集「老いの身じたく」(青木奈緒編)から。』


はぃ、「老いの身じたく」だなんて、この日記のタイトルみたいで、

その「ことば」とともに妙に親近感を覚えます。

私も「愚痴じいさん」にならないよう、「いいこと」を数えるようにします‥‥。


そして、同じ日の朝日新聞一面には、ノーベル賞作家・アレクシェービッチさんへのインタビュー記事が、

その顔写真とともに掲載されていて、そこには次のようなことが書かれていました。


ウクライナ東部や南部では厳しい戦闘が続く。

 前線から遠く離れていても、人々は電力不足や毎日のように鳴り響く空襲警報に悩まされている。

 停戦の兆しは一向に見えない。人は、どうすれば救われるのか。文学との役割とは何なのか。

 アレクシェービッチさんは「作家は「人の中にできるだけ人の部分があるようにするため」働くのです」

 とした上で、諭すように語った。

 「私たちが生きているのは孤独の時代。私たちの誰もが、とても孤独です。

 人間性を失わないため、よりどころを探さなくてはなりません」』


一面に続いてニ面でその詳細記事を読むと、

「人の中にできるだけ人の部分があるようにするため」とは、ドストエフスキーが示したもので、

作家は人々を育むために働いていること、

人間性を失わないためのよりどころ」は文化や芸術の中にあること、と書かれていました。


そして、「人はどうすれば絶望から救われるのでしょうか。」という問いかけに対して、

アレクシェービッチさんは、次のように答えていました。


『近しい人を亡くした人、絶望の淵に立っている人のよりどころとなるのは、

 まさに日常そのものだけなのです。例えば、孫の頭をなでること。朝のコーヒーの1杯でもよいでしょう。

 そんな、何か人間らしいことによって、人は救われるのです。』


う~む、なるほど‥‥。

「人が生きていくうえでのよりどころは、何げない日常にある」

さきほどの幸田文さんの「ことば」と、なんだか「通底するもの」があるような気がしました‥‥。

続きはまた明日にします。