しんちゃんの老いじたく日記

昭和30年生まれ。愛媛県伊予郡松前町出身の元地方公務員です。

印象に残った「天声人語」の記述

昨日の続きです‥。


1月16日(月)の朝日新聞一面コラム「天声人語」は、

東洋大学の「現代学生百人一首」に関連した内容でしたが、

ウクライナについて詠んだ、次のような作品も引用されていました。

ウクライナ コロナ未来の 教科書の 数行分の 激動の年」(大学院2年)

「青い空 金色(こんじき)の野の ウクライナ 描くためには 赤はいらない」(高校1年)

どちらの作品も、平和を願う気持ちが表れていて、強く印象に残りました。


そして、1月19日(木)は、加賀乙彦さんの逝去を悼む内容で、次のようなことが書かれていました。

『‥‥死とは何か。生きるとはいったい何なのか。そんな根源的な問いを投げ続けた加賀さんが逝った。

 若いころ、東京拘置所の医務技官として多くの死刑囚や無期囚と面接した。

 気づいたのは、あす死ぬかもしれない死刑囚たちが「時間をギューと凝縮」して興奮状態にあったこと。

 対照的に、無期囚は死の問題をわざと遠ざけ「無限に薄められた時間」を静かに生きていた。

 私たちの死の意識は死刑囚と無期囚の中間にあるのだろう。

 でも、ときには死刑囚のように「真剣に死と対決しておかないと、

 いざ、突然死が迫ってきた時に間に合わない」(「生と死と文学」)と加賀さんは記した。

 死は誰にも確実な未来である。

 筆者を含め多くの人は考えるのを避けがちだが、これに正面から向き合う社会の大切さを説いた。

 自伝では「なにも恐れることはない」とも語っていた。93歳。老衰だった。』


このコラムを読んで、ラ・ロシュフコー

「太陽も死もじっと見つめることはできない。」という箴言を思い出しました。

私は、追悼のコラムにこそ、コラムニスト氏の文才が表れるのではないかと、常日頃感じていますが、

今回のコラムは、心を打つ秀逸な内容ではないかと感じた次第です‥‥。