しんちゃんの老いじたく日記

昭和30年生まれ。愛媛県伊予郡松前町出身の元地方公務員です。

歴史や過去の教訓に学ぶことの大切さ

一昨日の日経新聞「再考 学び舎」に、「歴史的な思考、発想生む」というタイトルで、

片山杜秀慶応義塾大学教授へのインタビュー記事が掲載されていました。

この記事のなかで片山先生は、次のようなことを述べられていました。

印象に残った箇所だけ抜き出してみました。


Q.地球規模での困難が続いています。

A.ロシアとウクライナイスラエルパレスチナなど非常事態の連続に、定見ある対応をとれていない。

 北朝鮮問題や台湾と中国の緊張関係にしても同じです。

 極端な事態に対峙する力がない。危機への知恵が絞れない。特に日本は流されるままのような気がします。

A.歴史的な発想が衰えたからです。今の問題を現在の価値観、常識だけで解決しようとしている。

 スパンはせいぜい何十年で、近視眼的にしか考えない。

 自民党とお金の問題も、なぜその種の事柄がくりかえされるのか、歴史の視点がないから解明できない。

 感覚が鈍麻しているのです。

A.こうした傾向は冷戦終結後です。フランシス・フクヤマが『歴史の終わり』で指摘したように、

 1990年代以降、資本主義対社会主義とか、米国対ソ連などの二極対立が消えて、

 民主主義、資本主義、自由主義だけで世界が回せると思えた。実際は、分断と対立が激化したのですが。

A.その結果、ものごとを重層的、相対的にとらえる習慣が薄れた。何ごとも米国型ですむという発想です。

 すでに答えは出ている。これが常識なんだから、歴史や過去の教訓に学ぶ必要はない。

 そう思う人ばかりが増えた。


う~む、なるほど‥。

なお、片山先生は、次のようなことも述べられていました。

『日本は戦後、非常に安定的な世界秩序の中で、たまたま繁栄できた。

 米国のおかげで、防衛予算をかけずに国家の生産力、人材を経済に集中できたことが、

 ものすごく大きかった。この例外的な状況が当たり前だと思い、いまだにそこから抜け出せない。

 長い歴史をみると、この常識がかなり偏ったものだと分かります。

 日本は江戸時代の後半から中国、ロシア、米国という大国に挟まれて、何度も危機に直面してきました。

 独自路線や経済発展をめざすたびに、角が立って戦争になった。冷戦の中の安定は例外です。

 むしろ、危ないのが当たり前で、危機は常態だと考えなくてはいけない。

 危ない橋を渡りながらかろうじて生き延びてきた国なのだから、知恵を絞らなくていけない。

 いまの常識の殻を破って、これからどうすればいいか。

 具体的に深く考えるためには、歴史を参照する習慣が欠かせないんです。』


はぃ、分かりました‥。

「危機は常態」だと考え、「知恵を絞る」ことが必要なのですね。

明日、13歳の誕生日を迎える孫娘にも、

危機が常態な日本という国で、「歴史や過去の教訓に学ぶ」ことの大切さを伝えたいと思います‥‥。