今日の日経新聞「日曜日に考える」の「経済史を歩く」は、
国民所得倍増計画(1960年)でした。
記事の冒頭は、次の文章で始まります。
『55年体制のもと、歴代の自民党政権は経済計画や国土計画づくりに精をだした。
後世に名をとどめる計画を挙げるとき、まず浮かぶのが池田勇人の国民所得倍増計画だ。
閣議決定は1960年(昭和35年)。
根拠も実現性もさだかでない最近のそれとは好対照の、本物の成長戦略である。』
「根拠も実現性もさだかでない最近のそれ」とは、
野田政権がこの夏閣議決定した日本再生戦略のことで、記事は次のように指摘しています。
『所得倍増計画がいまも圧倒的な知名度を誇るのに、再生戦略をしる人はわずかだ。
実質2%、名目3%成長をめざすというが、その根拠はさだかでない。
この作文は、
納税者、有権者、企業経営者に訴求する政治指導者の政策意志が抜けおちているのだ。』
なかなか手厳しい指摘ですね……。
『所得倍増計画の知恵袋は、下村治さんという
学者生命を賭して経済論争に挑んだ本物のエコノミスト。
日本経済と国民生活がこれからの10年間に、
どこまで、どう、豊かになるのか、わかりやすく、かつ綿密に示した』ことを
記事では高く評価しています。
現在でも、下村さんに匹敵する優秀なエコノミストの方はいらっしゃると思いますが、
では、当時と今とでは何が違うのでしょうか?
その答えは、記事の最後にヒントがあるような気がします。
『遊説で池田は数字を語りつづけた。米の値段、年金や税金の水準――。
「わたしは嘘は言いません」。
経済大国への扉を開けた愚直なことばに、重みがあった。』
そうなんですよね。ブレーンの違いではなく、
「政治家の重みのある愚直なことば」が、今の時代には欠けているのかもしれません。