今月1日の朝日新聞デジタル版に掲載された
野矢茂樹・東大教授の『言葉の意味ずらす今の政治』という
寄稿記事が面白かったです。
野矢教授は、「言葉の意味をずらす技術」のみごとな例として、
加計学園問題についての閉会中審査における
八田達夫氏(国家戦略特区ワーキンググループ座長)の答弁と
安倍首相の「こんな人たち」という発言という二つの事例を、
次のとおり紹介、解説されていました。
まずは、八田座長の事例について
・「政治の不当な介入があったり公正な行政がねじ曲げられたりしたと感じるか」
と質問され、八田氏は「不公平な行政が正されたと考えている。
獣医学部の新設制限は日本全体の成長を阻害している」と応じた。
問われたのは獣医学部新設の是非ではなく、それを決めるプロセスの公正さである。
ところが八田氏は、獣医学部の新設制限こそが不公正なのであり、
むしろ今回、不公正が正されたのだと訴えた。
「公正」ということの意味がプロセスの公正さから
結果の公正さへとずらされている。
しかしあまりそう感じさせないところが、巧みである。
次に、安倍首相の事例について
・ ~(略)~ これに対して首相自身は、閉会中審査において、
「選挙妨害に負けるわけにはいかない」と言ったのだと弁明した。
ここでは「こんな人たち」という言葉が、
その人たちが為した「こんな行為」を意味するものとされている。
これも、言葉の意味をずらしていく技の一例である。
なお、この寄稿記事では、 「答えたくない質問への応対の仕方」や
「失言した時の挽回法」が紹介、解説されていたほか、
コラムの最後には、野矢教授の次のようなコメントがありました。
『だが、こうしたことを学ぶのは、
あくまでもこんなやり方に騙(だま)されないためである。
言葉をねじ曲げるようなやり方を自ら振り回すべきではない。
言葉を大切にしない人を、私は信用する気にはならない。』
う~む、なるほど……。 この点、私の場合は心配なさそうです。
「言葉をねじ曲げるようなやり方」を身に付けていれば、
現役時代の職場でも、もっと如才なく立ち回ることができていたはずです。(苦笑)
かといって、私が言葉を大切にしてきたかといえば、これまた自信がありません。
言葉って、やっかいな存在なのですね……。