『一匹のトンボが夏の終わりを告げるわけではない。一片の白雲が秋の到来を知らせるわけでもない。
しかし、里に下りてきた赤トンボをよく見かけるようになった。雲の風情も夕焼け空も、いままでとは違う。
そして、高校野球の終わりは、夏の終わりを告げる。
「夏の終わり」には、客がいっせいに帰ったあとの食卓のような、むなしさがある。
人の来なくなった海岸のヨシズ張りの小屋で、
「氷」のノレンがぱたぱたと鳴るときのような、白々しさがある。
夏の情熱を吹き込んで、ぎらぎら燃えていた太陽が、すべてが終わろうとしているのに、
まだ無神経に輝きつづけている。そのそらぞらしさが、夏の終わりなのだろう。‥‥‥』
これは、新聞史上最高のコラムニストとも評された、故・深代惇郎さんが書かれた、
昭和50年8月22日付け朝日新聞一面コラム「天声人語」の冒頭の文章で、
私の大好きな文章の一つでもあります。
ところが、こちらは9月に入っても、連日のように猛暑が続き、「夏」が一向に終わる気配がありません。
その一方で、大型で非常に強い台風10号が、猛烈な勢いで日本列島に接近しようとしています。
先ほどの深代さんのコラムのタイトルは、「白雲愁色」‥‥‥。
どうやら、太陽の無神経な「そらぞらしさ」が8月に夏の終わりを告げ、
「白雲愁色」が訪れた時代は、もう、とっくの昔話になってしまったようです‥‥。