最初は「漱石の文体とはやはり違うのではないか」と思いながら読み進めましたが、
物語の後半からは俄然面白くなり、それからは作者が誰であるのか、すっかり忘れていました。
そういう私の気持ちを見透かしたように、著者は「文庫版あとがき」で、
次のようなことを書かれていました。
『‥‥「続明暗」が可能なかぎり漱石に似せて書こうとした小説であることはいうまでもない。
だがそれ自体はこの小説の目的ではない。
「続明暗」はより重要な目的のためには、漱石と似せないことをも選んだものである。
「続明暗」を読むうちに、それが漱石であろうとなかろうとどうでもよくなってしまうーー
そこまで読者を持って行くこと、それがこの小説を書くうえにおいての至上命令であった。
その時は「明暗」を書いたのが漱石であること自体、どうでもよくなってしまう時でもある。‥‥』
はぃ、私は著者に「うまく持って行かれて」しまいました。
そして著者は、続編を書こうというのは、漱石の言う通り、「人間を押す」ことを望むからだとして、
次のようにも述べられています。
『‥‥「人間」とは何か。それは私と同様、「明暗」の続きをそのまま読みたいという
単純な欲望にかられた読者である。漱石という大作家がどう「明暗」を終えたかよりも、
お延(のぶ)はどうなるのか、津田は、そして清子はどうなるのかを「明暗」の世界に浸ったまま
読み進めたい読者ーー小説の読者としてはもっとも当然の欲望にかられた読者である。』
未完のまま終えた「明暗」の続編を読めて、今はすっきりとした気持ちです‥‥。
余談ですが、清子が津田に言った「貴方は最後のところで信用できないんですもの」という台詞と、
小林がお延に言った「奥さん、人間は人から笑われても、生きている方が可(い)いものなんですよ」
という台詞が、強く印象に残った次第です。(漱石もこの二つの台詞を使ったかもしれません。)