今日の朝日新聞一面コラム「折々のことば」は、昨日に引き続き、若林恵さんの
『人を動かす新しい体験をつくろうとするとき、
人は「動かされた自分」の体験を基準にしてしか、それをつくることはできない。』
という言葉で、いつものように鷲田清一さんの、次のような解説がありました。
『数字しか頭にない人たちが「顧客満足」を言い、
音楽の世界を牛耳りだすと現場はすぐに壊れると、「WIRED」日本版の元編集者は言う。
「薄暗いレコード屋で何時間も飽くことなく時間を過ごせる」人、
それを人生の何よりも面白いと思える人たちによって音楽は支えられている。
学問も同じ。コラム集「さよなら未来」から。』
う‥‥む。(沈黙)
若林さんの言葉と鷲田さんの解説は、それぞれに、なんとなく理解できるのですが、
両者のつながりが、私には今一つ理解できませんでした。
その特定の「分野」「領域」のことは、
その特定の「分野」「領域」にどっぷりと浸かっている人(体験している人)にしか
改革・改変することはできないということなのでしょうか‥‥?
「学問も同じ」からは、「象牙の塔」という、
閉鎖社会を象徴する言葉を、私は連想してしまいます。
読解力が足りないのでしょうね、きっと‥。(反省)