佐伯啓思・京都大学名誉教授が、今月1日の産経新聞「正論」に寄稿されていた
「トランプ氏退陣と保守思想の変容」というタイトルの論評が、
「アメリカ保守主義」の思想を理解するうえで、大変勉強になりました。
だが彼らはスターリン率いる全体主義のソ連に失望して、自由主義的な保守に転向しただけではなく、
つまり大きな政府や集権的権力を攻撃することとなる。
対外的には反共産主義、国内においては集権的な行政国家批判である。
1960年代以降、この行政国家を支配するものは高学歴エリートであり、
彼らはリベラリズムの信奉者であった。
エリート経営者、官僚、科学者、弁護士、医者、メディア関係者、
その他の様々な専門家の多くは基本的にリベラル派であり、
また自らはエリート支配層に属しつつマイノリティーの権利保護を唱え、
移民に対しても寛容な福祉政策をとった。保守はそれに反発したのである。
ここに戦後アメリカの保守思想の重要な心理が生み出される。
それは、リベラル思想を振りかざす高学歴エリート支配層、
メディアを動かす知識人への強い反発である。
言い換えれば、伝統的な価値観に郷愁を覚える大衆こそが保守の支持基盤であった。
それを反知性主義と呼ぶとしても、
本質は、連綿と流れる反エリート主義、大衆主義としっかり結び合ったものであり、
それをまたポピュリズム(大衆主義)といってもよいが、
う~む、なるほど‥‥。ポピュリズムこそアメリカ民主主義の本質なのですね‥。
それにしても、アメリカ保守主義の源流が、「トロツキズム」であることには、
少なからぬ衝撃を受けました、
ところが、論評を読み進めていくと、佐伯先生は、次のようなことも述べられていました。
(グローバル経済の成功者という新たな支配層)を生み出したのは、新自由主義者であり、
彼らはまた新保守主義者と呼ばれたのである。
トランプ氏はその意味では反・新保守主義であった。
むしろ財政拡張で政府を巨大化し、自由貿易も拒否した。
一方で2001年以降、対テロ戦争によって世界に積極的に関与し、
グローバル世界の秩序維持を使命とすべきことを主張したのもまた保守(ネオコン)であったが、
トランプ氏の「自国中心主義」はそれにも反発したのである。』
???‥‥。なんだか訳がわからなくなりましたが、
結論として、佐伯先生は、次のように述べられていました。
『バイデン氏が大統領になっても「トランプの時代」の構造は何ひとつ変わっていない。
リベラルに戻せばアメリカ社会の矛盾が解決できるというものではない。
その意味では保守思想の再定義が求められていると言わねばならない。』
はぃ‥、「保守思想」を定義づけすることの難しさは理解できました。
ひるがえって、日本における保守思想というのは、どのように定義づけられるのでしょう‥?
「自民党=保守」「野党=リベラル」という、単純な図式でないことだけは理解しているつもりです。