しんちゃんの老いじたく日記

昭和30年生まれ。愛媛県伊予郡松前町出身の元地方公務員です。

自由で開かれた国

安倍元総理の国葬が、無事に終了したようです。

このときの世相というものを記憶しておくため、今日の日経新聞一面コラム「春秋」を記録として、

その全文を次のとおり、この日記に書き残しておこうと思います。


日本武道館を抱える北の丸公園の一角に、吉田茂元首相の銅像がある。

 戦後初の国葬後に建てられ、木立の間で静かにたたずんできた。

 それがここ数日、急に身辺が物々しくなった。警官が絶えず見回り、ヘリが舞う。

 近くのお堀には警視庁のダイバーが潜っていった。

 とられた警備態勢は吉田氏の倍以上という。列島を震わせた銃声から2カ月余、

 戦後2例目となる安倍晋三氏の国葬が厳戒下で営まれた。

 会場の武道館だけでなく、北の丸公園全体が前夜から封鎖された。

 賛否は割れ、出欠に絡む諍(いさか)いが続いた。

 心穏やかに悼むのが葬送の本旨なら、そこから隔たった空気ではなかったか。

 「政治には凡(すべ)て『勘』の働きが大事である」と吉田氏は書いた(「大磯随想」)。

 国葬を巡るこの間の岸田文雄首相の勘はどうだったか。

 葬儀委員長として述べた弔辞は、思いがこもって染みいる印象だった。

 他方、不十分な説明は世論に亀裂を刻んだままだ。

 それを癒やす決意の言葉は、いまだ十分には語られていない。

 ワンマンといわれた吉田氏も、民主主義には互いの敬意が重要だと考えていた。

 意見は違っても「共通の広場が必要なのである」と書いている。

 国会でも日常生活の場でも、同じ土俵で真摯に語り合う機運が衰えたように感じる。

 ステッキをつき武道館を背にした銅像の目に、きのう一日の日本社会はいかに映っただろう。』


昨日、この国葬について、妻といろいろな感想を述べ合いました。

普段、会話の少ない私たち夫婦としては、きわめて稀な出来事です。

お互いの感想の共通点としては、とにかく何事もなく終わってよかったこと、

反対の意見があり、その意思表示のデモを行っても、どこかの国のように拘束されることもないこと。

日本という国は、なんだかんだと言いながらも、「自由で開かれた国」なのかもしれません‥‥。


さきほどのコラムには、「民主主義には互いの敬意が重要」「共通の広場が必要」という、

吉田茂元総理の考えやその言葉の引用がありました。

まずは家庭という「共通の広場」での「夫婦間での互いの敬意」が、その最初の一歩のような気がします‥。