遅ればせながら、『日の名残り』(カズオ・イシグロ著、土屋政雄訳:ハヤカワepi文庫)を読了しました。
これは実に素晴らしい本でした。(翻訳も含めて)
理想的な執事を追い求める主人公を中心に、英国の伝統や田園風景などを描いている物語でしたが、
本書の中で深く感銘を受けたのは、次の二つの記述でした。
『国家の大問題は、常に私どもの理解を超えたところにあります。
大問題を理解できない私どもが、それでもこの世に自分の足跡を残そうとしたらどうすればよいか‥?
自分の領分に属する事柄に全力を集中することです。
文明の将来をその双肩に担っておられる偉大な紳士淑女に、
全力で集中することこそ、その答えかと存じます。』
『人生が思いどおりにいかなかったからと言って、後ろばかり向き、
自分を責めてみても、それは詮無いことです。
私どものような卑小な人間にとりまして、最終的には運命をご主人さまの
ーーこの世界の中心におられる偉大な紳士淑女のーー手に委ねる以外、
あまり選択の余地があるとは思われません。それが冷厳なる現実というものではありますまいか。
あのときああすれば人生の方向が変わっていたかもしれないーーそう思うことはありましょう。
しかし、それをいつまでも思い悩んでいても意味のないことです。
私どものような人間は、何か真に価値あるもののために微力を尽くそうと願い、
それを試みるだけで十分であるような気がいたします。
そのような試みに人生の多くを犠牲にする覚悟があり、その覚悟を実践したとすれば、
結果はどうあれ、そのこと自体がみずからに誇りと満足を覚えてよい十分な理由となりましょう。』
「自分の領分に属する事柄に全力を集中する」「何か真に価値あるもののために微力を尽くす」
そして「覚悟を実践する」ですか‥。
私にはできなかったけれど、人生の後半にこの本に出合えて、かえって良かったような気がしています‥‥。
若くしてこの本を読まれた方は、私ぐらいの年齢になって再読されることをお勧めします。
きっと、若い時とはまた違った感想を持たれるのではないかと思います。