そう…、まさに「天を仰ぎ、嘆く」という表現がピッタリだと思いました。
日本ラグビーのスター選手として活躍し、
日本代表の主将や監督を務めた平尾誠二さんが、
今月20日午前、病気のため、53歳という若さで逝去されたそうです。
そして、今日の日経新聞の一面コラム「春秋」には、次のように書かれていました。
『「行く河のながれは絶えずして、しかも、もとの水にあらず」。
鎌倉初期の随筆「方丈記」の冒頭を地で行く逸話だ。
作者は小さな庵(いおり)に住み、世の無常を観じた。
「知らず、生まれ死ぬる人、何方(いずかた)よりきたりて、何方へか去る」。
多くのファンが天を仰ぎ、嘆いたに違いない。
絶妙なパスを繰り出し、ピッチを自在に駆けた貴公子だった。
とりわけ日本選手権を7連覇したころの神鋼には
学生のトップチームを寄せ付けない風格があった。
けん引役が平尾さんだ。53歳はあまりに若い。
「順番が違う」。恩師の悲痛な言葉が胸に迫る。』
スポーツのなかでも、特にラグビーが好きな私……。
そのラグビーの魅力を、テレビ観戦を通じて伝えてくれたお一人が
平尾さんであったことは間違いありません。
平尾さんは、日本代表の主将や監督を務められましたが、
55歳という若さでお亡くなりになりました。お二人とも生きていれば、
日本ラグビー界の発展に、さらに貢献されたのではないかと思うと、
天を恨みたくなる気持ちにもなります。
ところで、先ほどの日経新聞「春秋」の冒頭の文章は、
『多摩川は山梨・埼玉県境の笠取山を水源に138キロメートルに及ぶ。
ところが、水の8割は東京都羽村市の取水堰(せき)で抜き取られてしまう。
そこより下流の水は支流などで補われているほか、半分は下水の処理水だという。
月刊誌「ナショナルジオグラフィック」が伝えていた。』
この文章の後に、平尾さんの逝去を悼む文章が続くのですが、
私にはその「脈絡」がさっぱり理解できませんでした。
僭越ながら、むしろこの記述がなかってもよかったのではないかと思いました。
コラムニストの意図されたところを是非教えていただきたいものです。