サミュエル・ウルマンの「青春」という詩と、
GHQ最高司令官、ダグラス・マッカーサー元帥には、とても深い関係があることを、
今月13日付け「YOMIURI ONLINE」の「名言巡礼」を読んで知りました。
記事によると、ダグラス・マッカーサー元帥が、
敗戦後の日本において執務室を構えたのは、
皇居の目前、日比谷濠に面して立つ「第一生命館」で、
元帥は、オフィスに一編の詩を掲げていたそうです。
その詩というのが、ほかでもないウルマンの「青春」…。
この詩はさまざまな人に愛誦され、
人から人へ伝わるうちに、加筆や改変があったらしく、
マッカーサーが愛誦したものはオリジナル作と異なる部分も多いとのことで、
記事中に引用されていたのは、元帥愛誦の次のような詩でした。
青春とは人生のある期間をいうのではなく、心の様相をいうのだ
年を重ねただけで人は老いない。理想を失う時に初めて老いがくる
歳月は皮膚のしわを増すが、情熱を失う時に精神はしぼむ
人は信念とともに若く、疑惑とともに老ゆる
人は自信とともに若く、恐怖とともに老ゆる
希望ある限り若く、失望とともに老い朽ちる
う~む、なるほど……。言われてみると確かに、
私が知っているウルマンの青春の詩とは若干違っているように思います。
なお、記事では、次のようなことも書かれていました。
『Youth(青春)と題された詩の作者はサミュエル・ウルマン。
米国でも知る人の少ない「幻の詩人」だった。
戦後まもなく、米誌が「元帥愛誦の詩」として報じたことを機に邦訳され、
日本で広まっていった。
特に、松下幸之助ら戦後経済の礎を築いた財界人がこの詩を愛し、座右の銘とした。
彼らは、失意の中から立ち上がり、
無我夢中で走り続けた自分と日本を重ねたのかもしれない。
マッカーサーが支配者でありつつ、
このような詩を胸に占領政策を進めていたというエピソードも、
琴線に触れたであろう。 ~(略)~
占領期の評価はさまざまあるとしても、
戦後日本は「青春」の詩とともに東京・日比谷から始まった。』
マッカーサー元帥と「青春」という詩と、そして戦後日本。
人に歴史があるように、一編の詩にも歴史的背景というものがあるのですね…。