今日27日の朝日新聞デジタル版に掲載された
『「自己責任」、明治近代化に源流 権力者に矛先向かない「通俗道徳」』という記事が勉強になりました。
平成の世相を映し出すキーワードの一つとも言える「自己責任論」が、
「どのように定着し、源流はどこにあるのか」について考察した記事でした。
この記事のなかで、印象的な記述は次のような箇所でした。少々長くなりますが、引用させていただきます。
『桜井さん(社会学者の桜井哲夫・東京経済大名誉教授)は、「責任」概念の欧米と日本との違いに注目する。
「responsibility(責任)」は「response(応答)」と同じ語源で、欧米では相互保証の関係を意味する。
自己責任のように一方だけが責任を負う論理にない。
「社会契約によって成立する近代国家では国が守ってくれないならば、
国民が納税などの義務を果たす必要はなくなる。自己責任論は、権力者の責任をあいまいにする」
長引いた景気低迷や新自由主義的な政策がもたらした貧困や格差拡大についても、
「努力が足りないからだ」という類いの自己責任論が強まった。
こうした現代の自己責任論と、
近代化を進めた明治時代の「通俗道徳」という考え方の類似性を指摘するのは、
「生きづらい明治社会」の著者の松沢裕作・慶応大准教授(日本近代史)だ。
「通俗道徳」は江戸時代後期に市場経済が広がり、人々の生活が不安定になるなか、
自己を律するために広まった。勤勉に働き、倹約して貯蓄する‥‥
「頑張れば成功する」という規範だが、当人の努力の問題に帰せられる面があった。
病気にかかって貧しくなったり、懸命に働いても十分な収入が得られなかったりすると
「怠け者」とみなされ、経済的だけでなく、道徳的にも敗者とされる。
明治になると、村単位で請け負っていた年貢から、個人単位で税金を納めるようになり、
助け合いの仕組みは崩れる。新政府に財政的な余裕はなく、弱者保護まで手が回らない。
通俗道徳は政府に矛先が向かず、自分で責任を背負い込んでくれる、
支配者にとって都合の良い思想だったという。』
う~む、なるほど‥‥。「自己責任論」は、明治時代の「通俗道徳」に、その源流があるのですね‥‥。
なお、記事は「明治維新から150年がたった。「自己責任論」が日本社会にへばり付いたまま、
平成はまもなく終わる。」という文章で締めくくられていました。
「努力すれば報われる」という価値観で育った私は、
ある意味、「自己責任論」的な考えに親和感を覚えるのですが、先が見通せない今の世の中、
自分の責任ではどうすることもできない境遇に陥るのではないかという、心配や不安があることも事実です。
個人の責めに帰すことができない事由で、不幸にも困難な状況に直面した時、
「最後は国が守ってくれる」と思えるような社会を、
この「日本という国」で実現することは、果たして可能なのでしょうか‥‥?
やっぱり最後は、「何が正義か?」が決め手になるように思います。