お昼ごろから雨が降り始めました。
咲き誇る桜の花に降りかかる「花の雨」です‥。
さて、安倍公房の短編小説集『笑う月』(新潮文庫)を読了しました。
本書も、日経新聞電子版「日経BOOKプラス」で、
昨日とは違う名門進学校の国語の先生が、中2、中3の授業で使用する本として紹介されていたものです。
本書のなかで私が何とか理解できたのは、「発想の種子」「自己犠牲」「鞄」ぐらいで、
その他の作品はほとんど意味不明・理解不能でした。(トホホ)
ちなみに、さきほどの国語の先生は、「鞄」という作品について、
生徒から出てきた「鞄の正体」についての次のような自由意見を紹介されていました。
『例えば、家族・学校・地域・国家など、帰属することで安心を得ることができる一方で、
自分の「やりたいこと」を狭めてしまう様々なしがらみであるとか、
学歴やブランドなど私たちが無意識のうちに受け入れているものの見方や価値観の象徴だとか。
家の豊かさや、持って生まれた個人の資質など、
動かすことのできない所与の条件を指摘する声も出てくるし、
法律や校則など自分を方向づけるものに着目する生徒もいる。
インターネットで検索する際もアルゴリズムによるお薦めに任せてしまえば
選択ミスを減らせるといったことをイメージする子もいれば、
神仏や宗教など超越的なものを挙げる子もいる。‥‥』
う~む、まいったな‥。さすがにレベルが高いですね。
ちなみに、「鞄」は次のような文章で終わっています。
『‥‥べつに不安は感じなかった。ちゃんと鞄が私を導いてくれる。
私は、ためらうことなく、何所までも歩き続けていればよかった。
選ぶ道がなければ、迷うこともない。私は嫌になるほど自由だった。』
「選ぶ道がなければ、迷うこともない。」ですか‥。
はて、私の人生における「鞄」とは、いったい何だったんだろう‥‥?