就寝前の30分間、寝床で読んでいた
「父の詫び状」(向田邦子著:文春文庫)を、ようやく読み終えました。
向田さんの文章については、
コラムニストの竹内政明さんが、『「編集手帳」の文章術』(文春新書)で、
書き出しに光をあてて、その巧みな筆遣いを紹介されていました。
例として挙げられていたのが、
『眠る盃』(講談社文庫)の、次のような冒頭の一行でした。
・人の名前や言葉を、間違って覚えてしまうことがある。(「眠る盃」)
・いい年をして、いまだに宿題の夢を見る。(「父の風船」)
・一度だけだが、「正式」に痴漢に襲われたことがある。(「恩人」)
これに倣えば、「父の詫び状」にも、次のような冒頭の一行があります。
・父の仕事の関係で、転勤と転校の繰り返しで大きくなった。(隣の匂い)
・はじめて物を拾ったのは七歳の時である。(わが拾遺集)
・自分のうちで犬を飼っている癖に、よその犬を可愛がるのは、
うしろめたいが捨てがたいものがある。(鼻筋紳士録)
・卵を割りながら、こう考えた。(卵とわたし)
竹内さんが言われるように、
『読む側が、「さあ、読書するぞ。神経を集中させるぞ」と身構えなくても、
自然に引き込まれていく文章です。』
続いて竹内さんは、
向田さんの書き出しには共通する三つの特徴があると指摘されています。
①短い
②年月日から入らない
③会話文から入らない
う〜ん、確かに言われるとおりです。とても勉強になります。
名文と絶賛される向田さんのエッセーを読んで、二つの感想があります。
一つは、私も父の仕事の関係で典型的な転校生でしたが、
向田さんは私以上に転校を経験されているということ。
転校生の微妙で複雑な心理を見事に描写されていました。
二つ目は、飛行機の墜落事故に関するエッセー(「兎と亀」)があったこと。
南米ペルーでお正月を迎えられたエピソードが主たる話題でしたが、
まさか向田さんご自身が航空機事故で亡くなられることになるとは……。
ときに神様は酷な事をなされるものです。
「父の詫び状」は、
「“真打ち”と絶賛されたエッセーの最高傑作」、
そして、向田さんに関しては、
「突然あらわれてほとんど名人である」と呼ばれているそうですが、
その評価には嘘や誇張がないことを、この本を読んで十分理解できました。
向田さんのその他の作品も、これを機会に読んでみようと思っています。
- 作者: 向田邦子
- 出版社/メーカー: 文藝春秋
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