「戦後最大の誘拐事件」が起こったのは1963年。
私は小学校の一年生でしたが、事件のことはうっすらとした記憶があります。
今回、この本を読んで、初めてその全貌を知ることができました。
犯罪そのものは決して許されるものではありません。
しかし、著者が「文庫本のためのあとがき」で書いている次の文章を読んで、
少し考えるところがありました。
『私は十六年間の新聞社勤めの大半を社会部記者として過ごした。
そして、その歳月は、犯罪の二文字で片付けられる多くが、
社会の暗部に根差した病理現象であり、
犯罪者というのは、しばしば社会的弱者と同義語であることを私に教えた。』
また、この本を解説している佐野眞一さんは、
次のように述べられていました。
『「誘拐」で読むべきは、高度経済成長が謳いあげた
バラ色の夢の裏側に付着したディテール世界のもの悲しさである。
中古の腕時計、質流れの時計バンド、
借金の返済の形にとられる高級腕時計のラドー………。
~(略)~ それらの小道具を効果的に使った点描が、
高度成長の恩恵に浴することなく、故郷を追い立てられ、
都会の片隅に吹き溜まって生きてきた小原の内面をあざやかにあぶりだしている。』
『高度成長』(中公文庫)で吉川洋先生は、その光と影として、
「寿命の延び」と「公害」をとり上げていました。
高度成長は、わずかの期間に日本という国の姿を根本から変えたけれども、
成長の「影」としては、公害以外にも、さまざまな「物語」があったことを
この本は教えてくれます。
「わが国の事件ノンフィクションの金字塔」という評価は、
決して誇張ではないと思いました。