しんちゃんの老いじたく日記

昭和30年生まれ。愛媛県伊予郡松前町出身の元地方公務員です。

豊饒な言葉の数々と再会する

昨年末に、『夏の闇』(開高健著:新潮文庫)を読了しました。


文藝春秋新年特大号の「続100年後まで読み継ぎたい100冊」で、

文芸ジャーナリストの佐久間文子さんと外交ジャーナリストで作家の手嶋龍一さんのお二人が、

この本を紹介されていたのが購読の動機でした。


本書については、最後まで読んで、

冒頭部分にヨハネの黙示録の次の言葉が掲載されていることが、漠然とですが理解できたように思います。

『‥‥われなんじの行為(おこない)を知る、なんじは冷ややかにもあらず熱きにもあらず、

 われはむしろなんじが冷ややかならんか、熱からんかを願う。』


大学生の頃、高橋和巳開高健を好んで読んでいました。

ただ、当時を振り返ると、開高健については、

「白いページ」や「開口閉口」などの随筆ばかりで、小説は読んだことがありませんでした。


そういえば、「白いページ」には、「続・読む」というタイトルの随筆のなかに、

次のようなことが書かれていした。

『‥‥つぎに本は、読むまえに、見るものである。

 パラパラと頁を繰ったときに字の行列ぐあいを一瞥すると、かなりのことが見えるのである。

 つまり、頁は画でもあるのだ。それが読む前にちょっと見えるようでないといけない。‥‥』

『‥‥いずれにせよ、何かがまざまざと目撃されるような本でないといけないのである。

 本は読まなくても何かが見え、読んでも何かが見える。見える本であること。そこである。』


はぃ、雑誌で有識者の方が紹介しているという、きわめて単純な動機で本書を購読した私を、

なんだか叱っているような文章です‥。

でも、豊饒な言葉や感性豊かな文章の数々に再び出合えて、よかったと思っています‥‥。