雨脚が強まったり、弱まったり、そんな雨が降り続いた一日となりました。
梅雨入りしてからまだ二日しか経っていないのに、雨脚が強い時は、まるで梅雨末期のようです‥。
さて、今日6月10日は「時の記念日」です。
日経新聞には、大リーグ・大谷翔平選手の顔写真入りの、SEIKOの全面広告が掲載されていて、
「失敗はセイコーのもと」のタイトルのあとに、次のようなことが書かれていました。
『‥‥時間は待ってくれない。何もしないでも過ぎてゆく。
成功するとか失敗するとかより、何もしないほうが取り返しのつかないこと。
いいときも悪いときも、すべての時間はつながっている。‥‥』
う~む、「何もしないほうが取り返しのつかないこと」ですか‥。「耳が痛い言葉」です。
ところで、四週間ごとに通院する際の郊外電車や病院の待合室の中で、
『世界は「使われなかった人生」であふれている』(沢木耕太郎著)を読み始めました。
まだ少ししか読めていませんが、さっそく次のような印象に残る記述がありました。
『‥‥齢を取るにしたがって、未来の夢より過去の記憶の方が大きな意味を持ってくるようになるからだ。
もう未来に胸躍る新しい人生が待っているとは考えなくなる。
それと同時に、「ありえたかもしれない人生」が、
いまここにある人生と同じかそれ以上の重さで存在するようになる。‥‥』
はぃ、今の私には、先の「耳が痛い言葉」よりも、こちらの方が深く胸に染み入ります‥‥。