昨日16日の朝日新聞「天声人語」を読んで、
今日17日が、名コラムニスト・深代惇郎さんの
没後40年の命日であることを知りました。
コラムによると、
1970年代に天声人語を担当した深代さんには、根強いファンが今も多く、
その筆づかいを懐かしむ便りが、年に何通も「天声人語」欄あてに届くそうです。
かくいう私も、深代さんのファンの一人です。
単行本の『深代惇郎の天声人語』と『続・深代惇郎の天声人語』、
この二冊は、今も私の大切な「宝物」です。
1970年代、青年らしい正義感にあふれた私には、
深代さんの文章は、心の琴線に触れるものがありました。
とりわけ好きだったのは、「忍びざるの心」、「竜治君の死」、
「重い言葉」など、人情味に溢れる文章というか、
「社会的弱者」に常に寄り添うような思いやりのある文章でした。
今日のコラムでは、その深代さんの文章を次のように表現していて、
「さすがだなぁ~」と感心した次第です。
『舌を巻くのは、泳ぐ鮎(あゆ)を見るようなコラムの生きの良さだ。
教養と問題意識を深く湛(たた)え、
そこへ英国仕込みのユーモアが溶け込む。
評して「そりゃあ、香りが違う」と言った人がいたのはうなずける。』
深代さんの「絶筆」は、平成50年11月1日の
「かぜで寝床にふせながら、上原和著『斑鳩の白い道のうえに』(朝日新聞社)
という本を読んだ。 ~(略)~
権力に狂奔し、怨霊におののく古人たち、
いつかもう一度、法隆寺を訪ねてみたい。」
その希望は、おそらく叶うことがなかったのでしょうが、
いま御存命ならば86歳のはず…。
「新聞史上最高のコラムニスト」とまでいわれた深代さんだったら、
今の世の中の現状を、どのようにコラムで書かれるのだろう……?
朝日新聞の「思想」には、時々、ついて行けないことがあるけれど、
これからも「天声人語」だけは、毎日欠かさず読んで、
深代さんの「高い志」が、紙面に引き継がれていることを確認したいと思います。
と同時に、私も、かつて持っていたはずの「正義感」を
深代さんの「名文」を偲びつつ、今一度、思い起こしてみたいと思います。