先の衆院選に伴う与野党の経済政策を「ばらまき合戦」だと発言されたことに関し、
今月13日の愛媛新聞「視標」では、その発言の是非について、お二人の識者が論評を寄稿されていました。
一人目の佐藤主光・一橋大経済学研究科教授の発言の要点は、次のようなものでした。
・「このままでは国家財政は破綻する」という財務省の矢野康治事務次官の警鐘は、もっともだと思える。
そこには財政の「都合の悪い現実」がある。
国債を中心とした政府の債務残高は2021年度に対国内総生産(GDP)比で250%を超え、
先進国の中で最悪の水準にある。
・新型コロナウイルス禍から脱却しても、財政の先行きは芳しくない。
高齢化に伴い年金・医療など社会保障給付費は今の120兆余りから
40年度には約190兆円に増える、との試算もある。支えきれないだろう。
・‥‥とはいえ事務次官「個人」としてではなく、財政制度等審議会(財務相の諮問機関)など
「公式」の場で発信してもよかったのではないか。他方、増税志向の財務省やその審議会は
財政を健全保とうとするバイアスがかかっているとの見方もあろう。
二人目の松尾匡・立命館大教授の発言の要点は、次のようなものでした。
・矢野次官の政治的立場は、過剰な給付金や補助金が企業の国際競争力をそぎ、
日本経済の活力を劣化させているという主張に露呈している。
財政の拡張は企業や国民を甘やかす政策であり、緊縮財政による締め付けが生産性を向上させ、
経済を良くすると考えるいわゆる「シバキ主義」の立場と言える。
・財政危機を口実に緊縮財政で社会保障を削り、働く者の立場を弱くすることは、
新自由主義の常とう手段である。
小泉改革以降、政府は「痛みに耐えよ」と人々を駆り立ててきたが、その結果は「痛み」しか残らず、
一部の富裕層だけが潤ってきた。
・コロナ不況の下で、国民生活の改善のためにまだまだ財政支出が必要なとき、
それに「待った」をかける矢野次官は誰のために奉仕しているのだろうか。
う~む、なるほど‥‥。
どちらもごもっともなご意見ですが、私は心情的には、松尾教授の発言に親近感を覚えます。
ただ、いずれにしても、矢野次官の発言は、紙面でも語られていたように、
日本の財政が危機的状況にある中で、「本当に巨額の経済対策が必要なのか」
という疑義を呈したという点では、国民への有意義な「発信」だったのかもしれません。
追記
今月19日の臨時閣議で決められた経済対策は、財政支出が過去最大の55.7兆円と
「本当に巨額」なものになってしまいました。
この対策の主たる財源は「赤字国債」で、この借金は将来世代が負担することになるのかしら‥?
あの時は「コロナ禍」で仕方がなかった‥、と言い訳できるのかな‥‥。複雑な心境です。
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