昨日、NHKで放映された「アナザーストーリーズ 運命の分岐点」の
『時代に翻弄された歌 イムジン河』は、胸を打つ内容でした。
1968年2月20日、作詞家の松山猛さんが作者不詳の朝鮮民謡と思って日本語の歌詞をつけ、
ザ・フォーク・クルセダーズが歌った「イムジン河」が、
発売直前に朝鮮総連から抗議が入り、レコード会社が発売中止を決定したことは知っていました。
しかし、この番組を見て初めて知ったことが二つありました。
その一つは、発売中止のこの悔しさを晴らすために、故・加藤和彦さんがわずか3時間で作曲したのが、
私の大好きなあの不朽の名曲「悲しくてやりきれない」であったこと。
もう一つは、1954年から1984年にかけて、
在日朝鮮人の間で北朝鮮へ渡る、いわゆる「帰国事業」が盛んにおこなわれていたそうですが、
この事業で、差別や貧困に苦しむ在日韓国・朝鮮人やその日本人妻、およそ9万人が海を渡ったこと。
この方々にとって、「イムジン河」で歌われる「わが祖国 南の地」
「ふるさとをいつまでも忘れはしない」とは、きっと日本ではなかったのでしょうか‥。
このことには、今の今まで、思いが至りませんでした。
「自由に群がり、飛び交う水鳥のように、
人々がイムジン河を行き来できるようになるのは、いつの日なのか。
イムジン河、その歌は今日も私たちに問いかける。」という
番組の最後に流れた濱田岳さんのナレーションを、これからも忘れることがないように、
この日記に書き残しておこうと思った次第です‥‥。