昨日の続きです‥。
2月7日(火)の朝日新聞一面コラム「折々のことば」は、長谷川如是閑(はせがわにょぜかん)の
「ユーモアは、双方の無益に沸き立った感情に水をさして、
冷静な思慮判断の力をとりもどさせるたよりになる。」という「ことば」で、
いつものように鷲田清一さんの、次のような解説がありました。
『ユーモアは一方で、みずからは歴史の酵母となることなく、
むしろ斜めから茶化すだけの「遁避(とんび)主義」と接するが、
もう一方では、社会における分断や敵対が険しくなった時に
それを周到に切り抜ける懐の深さにもつながると、明治、大正、昭和を生き抜いた言論人は言う。
無血の革命には不可欠の精神だと。「ある心の自叙伝」から。』
う~む‥‥。
「ユーモアの精神」が「無血革命」とどのように結びつくのか、
今回の「ことば」と「解説」も、私にはよく分かりませんでした。ちょっと極端すぎて‥。
それはさておき、2月8日(水)の朝日新聞「耕論」は、「政権、相次ぐ発言撤回」がテーマでしたが、
そのなかで「かんべえ」さんが、次のようなことを述べられていました。
・今はジョークのひとつもない。トーク文化が劣化してしまった気がして、残念。
・安全策をとって首相が紙を読んだり、会見の言葉を繰り返したりするのは、これもまた残念。
・首相や政治家の皆さんには、ハートに届くスピーチをしてほしい。
そういう言葉を語ることは、リーダーの大切な仕事。
はぃ、私は、岸田首相は真面目で誠実なお人柄だと感じていますが、
「かんべえ」さんがご指摘のように、もう少しジョークというか、ユーモアのセンスがあったらいいのに、
と思うことがあります。それは、鷲田さんの解説のなかでの「懐の深さ」にもつながる気がして‥‥。