昨日、NHKで放映された「映像の世紀バタフライエフェクト」の「ビートルズとロックの革命」は、
「ビートルズが世界をどう変えたか」を詳細に伝える、とても秀逸な内容でした。
番組の中では、ジョン・レノンの、その死の五年前の、次のような発言が強く印象に残りました。
『‥‥60年代は“新しい世界を発見しに行く船”だった。
そしてビートルズはその船の見張り台に立っていただけだ。
僕たちは「Land Ho!」おーい陸地だぞ!と叫んだ。それだけだ。
僕たちが何に貢献して何に貢献しなかったか、僕にはわからない。
人それぞれビートルズから受けた影響の度合いは違うだろうしね。
言えるのは、僕たちの世代が全員で60年代という船に乗り、新しい世界へ行ったということだ。』
はぃ、私も、ビートルズと同じ60年代を生きてきたという事実を再確認できて、とても幸せに思います。
番組の中で、私の好きな「The Long And Winding Rord」が流れたら、もっと幸せでしたけど‥‥。
ところで、話は変わって、12月16日(土)の朝日新聞に、佐伯啓思先生が、
「日本の方向を決めるのは」という論評を寄稿されていました。
そのなかで、佐伯先生は次のようなことを述べられていました。
『‥‥おそらく、日本の歴史上、これほど、国をまとめ、
国の進むべき方向を示す価値基準が見えなくなった時代は稀であろう。
「海外の高度な普遍文明」を指標とし、それを学び「日本化」することで
国の秩序と価値を維持してきた日本のやり方がほとんど意味を失ってしまった。
大きく言えば、それこそが、今日の日本にあって、政治家は方向感覚を失い、官僚は影響力を失い、
知識人やジャーナリズムは確かな言葉を失った理由であろう。
だが考えてみれば、それはまた日本の長い歴史を貫いてきた
「海外の先進文明に追いつく」という不安な心理的前提からの解放をも意味しているだろう。
「中国」も「西洋」も「アメリカ」も、そして「グローバルな世界」も
もはや価値基準とはならないのである。「追いつくべき先」などどこにもない。
そうであれば、今日こそ改めて、われわれはわれわれの手で、自前の日本の将来像を描くほかなかろう。』
さて、日本はこれからの時代、“新しい世界を発見しに行く船”に乗ることができるのでしょうか?
私もその世界を見届けてみたい、そう願っています。
父が亡くなり、地域のコミュニティ活動に従事した平成5年も、あと数時間で終わります。
今年一年、大変お世話になりました。
皆様のつつがないご越年と、来るべき平成6年が、幸多き年となりますようお祈りします‥‥。